過去と未来を紡ぐ場所 第六話
アニエスは立体映像の中へと入り込み、そこにある昔懐かしいテーブルにそっと手を伸ばした。しかし、触れることはかなわずテーブルの天板をすり抜けてしまった。
そのテーブルへ陶器のカップを片付けるためにダリダが近づいていき、やがてカップを持ち上げると流しの方へと動き出した。
アニエスの伸ばしている腕の方へと真っ直ぐ向かっていったが、避けるような振る舞いを見せない。アニエスは避けようと伸ばしていた腕を引っ込めたが、間に合わずその立体映像のダリダに触れた。しかし、何も反応をされることなく体は腕を飲み込み、そして何事も無かったように通り過ぎていった。
「物の記憶……かな?」
少しだけ悲しそうなアニエスは通り抜けられた前腕を確かめるように見つめ、手を開いたり閉じたりしている。
「今見えているのは、この日記が持っている記憶なんだ、たぶん。今の風景がどんなときだったか思い出せる?」
少し恥ずかしそうになると、「あれは……確か、私が……その、エノレアの寮に入りたくないってごねたときの……です」と視線を右下に落としながら言った。
「じゃあ、そのときダリダさんとした約束は何か覚えている?」
重ねて尋ねると、アニエスは驚いたように目を開いて背筋を伸ばした。
「え、ええ、しました。移動魔法を見つからないようにするって約束です。結局移動魔法が見つかることは一度も無かったので、そのままダミーはずっと持っていました。……この間壊しちゃったんですけどね。でも、なんでわかったのですか?」
「たまたま開いたページがその内容だったんだ。失礼だけど、今ちょっとだけ内容読ませて貰ったら、アニエスが言ったことと同じだったよ。ここは変な異次元空間だから、何かしらの影響があったんじゃないか? それで物の記憶が幻になって見えたんだよ」
あまり人の日記をこれ以上しげしげと読むのは失礼だろう。それにしても、壊したダミーは結構大事な物じゃないか。今となってはかもしれない。まだ直したままポケットに入れっぱなしだから後で返そう。言い方は悪いが形見みたいなものだ。そう思いながら、日記を一度閉じて、元々あった場所の隙間に戻そうとした。
しかし、そこで手が止まってしまった。
左右を見渡すと、その本の前後は似たような背表紙がずらりと並んでいる。アニエスが手に取った一冊を隙間にいれて人差し指で軽く押し戻した。そのまま指を隣に移動させて、隣の一冊を倒すように抜き出して表紙を確認すると“ダリダ・モギレフスキー。 日記 201年春~203年夏”と書かれていた。さらにその隣も見てみると、同様に日記だった。唯一整理されたそこのパーティションは思った通りすべてダリダの日記のようだ。