過去と未来を紡ぐ場所 第二話
それからしばらくの間ふわふわと漂うようにしていた。
空間識失調と言ったはずだ。ダイバーがダイビング中に上と下がわからなくなるという話を聞いたことがある。無重力の世界で上と下の定義を定められず、二人で同じ向きを向いているのでそちらが下というつもりで移動してきたが、ついに自分たちの感覚がどちらを向いているかわからなくなってきてしまったのだ。
ダイバーとは違って酸素に問題は無いのでパニックにはならなさそうだが、精神的に少しずつ疲弊していく。アニエスは不安が強くなってきてしまったようだ。光に照らされている顔色はあまり良くない。さらに元気もなくなってきてしまったのか、何も言わなくなってしまった。
何か話しかけた方が良いのだろうが、俺自身この暗闇がいつまで続くのか不安になってしまっている。アニエスをさらに不安にさせないためにも顔に出すわけにはいかない。
魔法を止めると、顔に当たる風は止まった。何もないのはわかっているが、一度辺りを照らし見回してみた。
「何にも無いかなぁ……っ!?」
しかし、突然全身に衝撃を受けたのだ。アニエスの顔を見ると、彼女は左右に首を振っている。しかし、よく見れば先ほどまで無重力で浮いていた服の裾は下に向かい始め、広がっていた長い髪の束が一つ一つと下に向かって垂れ始めたのだ。
「アニエス、気をつけろ! いきなり落っこちるかもしれない!」と混乱した様子の彼女をたぐり寄せた。
何もない空間だと思っていたが、突然重力場にとらわれたようだ。重力は次第に強くなり始めたようで、アニエスの髪の毛は今度は風を受けてバサバサと上へとなびいている。かなりの速度で重力にひかれて、つまり落っこちているようだ。このままでは高所から落ちたのと同じになってしまい、潰れてしまう。着地点が近づいたら魔法で勢いを相殺しなければいけない。
俺は真下を見た。しかし、真っ暗で何も見えない。自分たちの作り出す灯りが届く範囲に地面が見えたころに魔法を唱えているようでは到底間に合わない。
顔に吹き付ける風もかなり強くなっている。足場は見えないが落ち続ける恐怖に目をつぶりそうになった。このままでは地面にたたき付けられてしまう。
しかし、杖がグンと空中で静止したのだ。
突然止まったので腕が伸びきる痛みを味わったが、何とか止まることはできた。頭の上にある杖を見ると空中でピタリと止まっている。
「止まったんですか?」とアニエスが杖で下の方を照らそうとした瞬間、空中で静止していたはずの杖はまた落ち始めた。アニエスは悲鳴があげたが、落ちたのは三十センチほどだった。うまく着地はできなかったが、彼女を下敷きにしてしまうことは無かった。
「大丈夫か?」と尋ねると大きなお尻をさすりながら頷いた。相変わらず何も見えないが、どうやら地面にはついたようだった。しかし、その地面さえも真っ黒で見えない。
「何ですか? ここ……」
左右を見回してみるが、相変わらず何一つ無く真っ暗だ。しかし、杖は光らせていないにも関わらずお互いの姿ははっきりと見えていた。そこで何かに気がついたのか、アニエスが手を強く引いてきた。