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過去と未来を紡ぐ場所 第一話

 光が全くない暗闇の世界だ。


 一切の無明になると、まるで黒い何かで目玉を覆われているかのような奇妙な感覚にとらわれる。目玉に張り付くその闇は剥がすこともできない。

 落ち続けているときに感じる、足の筋肉がおぼつかないあの感覚はあるが、重力にひかれているとき特有の空気を切る感覚は無い。パニックを起こしそうなほどの真っ暗闇だが、少しひんやりとする温度のせいで、めまぐるしく起きていていたことにより沸騰していた頭から徐々に熱を奪っていった。

 心が落ち着くほどに体感時間は長く感じはじめて、一秒と一秒の間が少しずつ長くなるような気がした。

 やがて次の一秒が永遠に訪れないのでは無いかと思ったが、腕の中にいるアニエスが動いて衣擦れの音が聞こえた。そして次々と視覚以外の五感が戻り始めると、体温、鼓動、彼女が共和国で使っていた石けんの匂いが強くなり、誰かを意識したことでここにいる自分の感覚をはっきりとさせることができた。それらをたぐり寄せると一秒は元の一秒に戻っていった。

 おそらく視覚にばかり頼って生きていたせいで、突然それを奪われると外界の一切が遮断されるような状態になり、意識までなくなるような気がするのだろう。だが、側にいたアニエスのおかげでまだはっきりとさせられた。


 繋いでいた手を握ると、彼女もそれに答えるように握り返してきた。放してしまえばもう二度と会えなくなってしまうのではないだろうか。そんな気がして掌伝いに彼女を抱き寄せた。


「聞こえるか?」

「ええ、聞こえます」

「怪我は?」

「痛いところはありません。何も見えませんが、たぶん大丈夫です」


 何も見えないが、匂い、体温、鼓動、優しい声でアニエスの安否は確認できた。


「俺も大丈夫そうだ。とにかく一度落ち着こう。状況を確認したい。杖を光らせる。まぶしくなるから目を閉じてくれ」


 杖を取ろうとして右手で腰の辺りをまさぐると、悲鳴が聞こえた。


「どこ触ってるんですか? そ、それは私のお、お尻です」

「ご、ごめん。おっきいから間違えた。安産型でよろしい」

「ふざけてないでさっさと灯り点けてください。明るくなったら覚悟してくださいね」と握っていた左手の握力が強くなった。

 鋭敏になった触覚をさらに求めるように触ってみたが、これ以上やると闇討ちされそうなので、今度こそ自分の腰の辺りをまさぐると冷たい何かに手が触れた。金属の冷たさと魔力を帯びる冷たさは杖の魔力吸収によるものだ。人差し指でなぞりながら、柄の辺りを握り光らせた。


 光ると暗闇の中にアニエスの姿が浮かび上がった。それ以外には何も見えない。光を返す物が一帯に無いのか、どこまでも暗闇が続いている。


「俺たちだけか」


 着ている服や髪が浮き上がり、広がっている。ここは重力のない場所のようだ。


「無重力で浮いているんだな」

「ムジュウリョク?」


 重力の概念を知らないアニエスに無重力の空間をどうやって伝えようか。


「とりあえず、大地にとらわれていない状態ってコト」


 右手の杖を四方にぐるりと回しても見えているのは光る杖先の灯りだけだ。本当にどこまでも何もない空間のようだ。無重力状態で何かに激突する可能性も低そうなので、腕の中にいたアニエスのベルトと自分の物を結びつけて一度手を放した。


「一人だったら発狂してたかもしれませんね」

「そうだな。気持ち悪くならない?」

「変な感じですが、特には」

「アニエスがいて良かったよ。杖で辺りを照らしてくれないか? ちょっと移動してみよう」


 アニエスは杖を取り出して灯りを点けた。


「どうやるんですか? 足場とか力をかけられるところがないと難しくないですか?」


 光を浴びて怪訝な表情を見せている。


「大丈夫。飛行機と同じだよ」


 空気はあるようなので、灯りはアニエスに任せて炎熱系の魔法を弱く唱えた。後方に向けて小さいジェットのようにすると、顔に風が触れた。どうやら移動はできているようだ。


「しかし、なぁ、こう何もないと自分が移動しているのかどうかもわからないな。上も下もわからない」

「風が吹いてるのか、自分たちが動いてるのかもわかりませんね。どれだけ移動したかもわからないですし」

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