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スワンが空翔ぶその日まで 第一話

アカデミア編後半です。

 クリストフ・シーグバーン。錬金術師。研究員。

 イングマール領、ファールスンド出身。

 歴任してきた研究施設。

 ハーリド財団、在籍年数五年。経営悪化で研究部門解体により解雇。

 リプリー記念研究所、五年。資金繰りに行き詰まり解体、解雇。

 フラメル研究所、三年。権威失墜により所長自殺。解散につき解雇。

 連盟政府立錬金術研究所、二年。不正支出の嫌疑により解雇。

 コルテーゼ機関。五年。女性研究員の一斉辞職。継続困難に陥る。解散につき解雇。

 その他、数件。

 

 現在、連盟政府立錬金術研究所による金銭的支援を受けフロイデンベルクアカデミアに教員兼研究員として至る。



 これだけの研究施設を渡り歩く爆弾は、政府の金銭的支援のすえフロイデンベルクアカデミアに落ち着いた。他所の施設から金銭的支援を受けて雇う。それがどういうことを意味するか。お金を払うから雇ってくれ、という要は厄介払いだ。


 内向的な言動とは裏腹に傲慢で自分以外は正しいとは思わない性格であり、他人から言われたことには一見同調したかのようにふるまう。しかし、それにより言動の不一致が生じ、同僚とはしばしば諍いを起こしていた。女性に対しては、研究員、事務員問わず過剰なコミュニケーションをとり、拒絶されることが多かった。


 所属していた研究施設がつぶれていった理由は、施設自体の金銭問題がほとんどだが、それを加味しなくてもいずれ追われることになっていただろう。

 しかし、問題行動が多い反面、実験に関しての才能は素晴らしいものがある。


―――――――――――


「それを私が知らないと思うかね」


 グリューネバルトはオージーと俺を部屋へ呼び、シーグバーンの過去を簡潔に話した。手短に聞いたのだが確かにアンネリの言う通り、シーグバーン自ら語った論文数のノルマの話とはだいぶ違っていた。

話は違うという覚悟はしていたが、あまりの違いに開いた口がふさがらなかった。


「なぜ話してくれなかったのですか?」


 オージーはグリューネバルトに尋ねた。


「では、貴様らのエイプルトンでの悪行の数々を行く先々で言いふらされたいのかね?」

「いえ、それは……」


 グリューネバルトは口をつぐんだ後、


「私は彼を解雇はしない。現在も府立研究所から多額の支援を受けているからな。貴様らの実験の費用も一部そうだからな」


 その瞬間、教室のほうから大きな声が聞こえた。良く通るそれはアンネリの声だ。

 様子を見るために外に出ると、シーグバーンの前で腰に手を当て立ちはだかるアンネリの姿が見えた。アンネリが以前にもまして勢いづいて、シーグバーンに詰め寄った。


「あんたの悪行は全部、全部、ぜーんぶばらした! シーグバーン、覚悟しなさいよ!」


 それを聞いたシーグバーンは下を向き、目を泳がせている。


「落ち着きなさい。アンネリ」


 カミュは荒ぶるアンネリをなだめようとするも、怒りのあまり声は届かない。


「落ち着いてられないわよ!今までさんざ嫌な思いさせられてきたんだから!あんたはもう終わりよ!」

「な、仲間に言ってしまったんだね」


 シーグバーンは消えそうな声で言うと、首を傾けてニタリと笑った。次の瞬間、アンネリにゆらりと近づき腕をつかんだ。


「なによ! 触らないで! 汚らしい!」

「し、仕方ない子だ。反省させなければいけないな」

「何をする気ですか?」


 カミュは背中の大剣に手をかけている。

 シーグバーンは持っていた杖で三回ほど地面をたたいた後、突如ポータルをアンネリの真下に開き彼女を放り込んだ。


「イヤ! 助けて! オージー!」

「なんで時空系の魔法が使えるんだ!?」


 オージーがその光景に思わず声を上げた。シーグバーンは表情を変えずそちらを向き


「ぼ、ぼくは移動魔法のアイテムを持っているんだ。これから教育をしなきゃいけない。邪魔しないでおくれ。それでは」


 そういうとポータルに落ちていき姿を消した。

 すばやくポータルが閉じ、オージーの名を呼び続けるアンネリの悲鳴が聞こえなくなった。


「アナ! アナ!」


 ポータルのあった場所に残る移動魔法の光の残渣に手を伸ばすオージー。名前を呼ぶもむなしく響くだけだった。

 しかしうちひしがれる間もなく、今度はシーグバーンが杖で叩いたところから部屋の床いっぱいに魔法円が広がった。おそらく、俺たちの追跡を遅らせるために何かの魔法が時限式に作動するように魔法円を書いておいたのだろう。その場にいた一同に緊張が走るも、何か大きな事象は起きない。しかし、全身を伝うこの嫌な感じ、ジンジンとした痛みに近いそれには覚えがある。ヒミンビョルグでシバサキに魔法を封じられたときの感覚と全く同じだ。


 魔法が使えないカミュには感じないようだ。拳を握りしめて壁を強く殴った。


「私としたことが止められなかった! 狭くてここでは剣を振るえない!」



「同じものがあればログをたどれる」


 もはやこれまでかと思った時だ。思い寄らない人物が言葉を発した。


「やれやれ、どうしようもないやつだな。高いものを無くしたと思っていたが、アイテムを盗まれていたとは」


 それは教室での騒ぎにいらだち部屋から出てきたグリューネバルトだった。

 カミュがすばやく持ち物中を探しはじめた。彼女は自身の移動魔法のアイテムを探し始めたのだ。


「私が持っています! いますぐ追いましょう!」

「でも魔法が使えない!」


 慌てふためく俺をグリューネバルトは蔑むような眼差しで見ている。


「賢者のくせに知恵のない奴だな。貴様、移動魔法が何か考えろ」

「移動魔法、時空系……。確か、原生民族(ファストネイション)の魔法は系統が違うとオージーが言っていました。もしかしたら封印することができないのでしょうか?」


 それを聞いたグリューネバルトは、はっと鼻で笑うと


「銀行屋の娘の方が賢いようだな。空間認識をマルチプルにしろ。同じアイテム二つの使用地点の距離と時間が近いほど混線が起きてログが混じる。そうすればログを辿れる。すぐ見つかる」


それだけ言うとため息を吐きながら自分の部屋へ戻っていった。

言った通りにするとアイテムの空間認識は混線し、直前の行き先を示した。それと同時にすぐさまポータルを開きアンネリとシーグバーンのもとへ向かった。


 ほんの少しのタイムラグでポータルを開く位置がずれた。しかし、開いた先は運よく物陰の裏で、そこで潜伏しアンネリとシーグバーンの二人の様子をうかがった。

 アンネリは手足を縛られて横たえられている。口には猿轡をされ言葉を発せず唸り声をあげている。どうやら何かされてはいないようで間に合ったようだ。

 シーグバーンがふらふらとアンネリのそばへ近づき両手を前に出している。

 吐息が白くなるほどに興奮しているのか、小刻みに震えているさまはおどおどとした日常の言動も相まって考えられないほどおぞましい。


 杖を使いスカートをまくりあげ、露わにされたアンネリの上腿にシーグバーンの唾液が滴る。それに恐怖を覚えた彼女の声はさらに大きくなる。


「キミはほんとうにいい体をしているよ。オージーとかいうガキにはもったいないほどだ。はぁぁ美しい。これからキミを思い通りに凌辱できると思うと高ぶるようだ」


 舐めまわすようにアンネリを見つめている。目に涙を浮かべるアンネリは口をふさがれていてもオージーの名を呼んでいるのがわかる。


「そんなに彼が気になるのか。ならばキミを犯しつくした後で目の前に連れて来よう。そして目の前でキミを何時間も再び犯し続けるよ。そのほうが僕も飽きずに高ぶる。そのあとは二人まとめてぼくの実験材料になってもらうよ。生きた人間を実験に使うのは法律違反になる。そんなものはぼくにはどうでもいいのだが、材料としては貴重だからね」


 背筋が凍るような吐き気を催すセリフだ。今すぐにでも止めなければならない。しかし、ここでも魔法は封じられている。

 オージーも俺も魔法が使えなければ何もできず、物陰で息を殺すことしかできない。

 魔法を封じた人間がそれ以外の自衛手段を持っていないなど考えられない。杖にナイフでも仕込んでいたなら危険だ。それに半狂乱の相手は何をするかわからない。

 歯を食いしばり、今にも飛び出してしまいそうなオージーを俺は必死で抑えた。


 しかしどうする。どうすればいい。焦りと混乱で俺自身も危険を顧みず突撃してしまおうかと思った。

その時だ。大きな金属の煌めきがオージーと俺の間を通り抜け、空を切る音がした。


「やめなさい」


 気が付くとカミュはシーグバーンの背後から喉元に大剣を突き付けていた。

 目にもとまらぬ速さで動いたのか、いつの間に近づいたのかわからない。そしてカミュからは一切の殺気を感じない。しかし、付きつけた刃はしらしらと光り、首をすぐさま切り落とすこともいとわないと物語る。


 最後にポータルを抜けたカミュは止まることなく、通り抜けた直後に剣を抜いていたのだ。


「部屋が広くて助かりました。ジュワイユーズは手に余るほど大きいので」

「殺せるもんならやってみろ。ぼくは錬金術業界の天才だぞ」


 身動きが取れないにもかかわらず、へへへ、と引きつりながら笑うシーグバーン。

 しかし、カミュはそれにも呼吸を乱すことはない。


「私は殺しに躊躇がありません。あなたが自由を奪い、そして汚らわしく見つめている私の友人を下衆な鮮血で染めあげてしまうのは虫唾が走るほど屈辱的ですが。今すぐやめるのであらば『無垢の誓い(ヴ・ディ・ノソアース)』により私はあなたをこの場で殺しはしません。返答次第では今際の瞳に写るものはジュワイユーズの煌めきになりますよ」


 光を反射する剣に自らの顔を写し、シーグバーンを睨み付ける。視線が合い動揺を隠せなくなったシーグバーンは小刻みに震え出した。


「へっ、はいぃ! た、たすけてくれ! もう、しない! 二度しない! 許してくれ!」


 それを聞いたカミュは突きつけていた大剣を放した。それと同時にシーグバーンはアンネリから離れ、尻もちをつき腰を引けたまま後ずさりした。


「蕾のギンセンカよ、誓いはもたらされた。願わくば花弁が夜露に濡れるなかれ」


 と言い、カミュは大剣を背中に戻した。


 オージーが駆け寄り、縛られていたアンネリを解き放った。そして恐怖のあまりまだ立ち上がれず震えているアンネリをオージーは抱きしめた。

 部屋の隅でシーグバーンが両ひざを曲げてうずくまっている。


「カミュ、あれは放っておいて大丈夫なの?」

「誓いは絶対ですので、放っておいても大丈夫です」


 部屋の隅のほうで硬直し小さくなっているシーグバーンに構うことなく俺たちは部屋を後にした。

シーグバーンがアンネリを連れ去った部屋を出て階段を上ると、見覚えのあるいつもの廊下に出た。そこはフロイデンベルクアカデミアの地下だったのだ。


 教室に戻るとグリューネバルトが自身の部屋のドアを開け放して書類を読んでいた。そして戻ってきた俺たちをちらりと見ると再び書類に目を落とした。


「グリューネバルト卿、貴重な助言、ありがとうございました」


 オージーは深々と頭を下げるとグリューネバルトは言った。


「ドアを閉めていけ。うるさくてかなわん」


 オージーはドアを閉めた。そして再び深く頭を下げた。

 アンネリは落ち着いてきたようだが、オージーにすがりついたままだった。


 その日はアンネリのこともありすぐに解散の流れとなった。しかしアンネリは人の少ない女子寮に帰ることを拒否した。フロイデンベルクアカデミアの女子学生は少なく、寮で生活している人も数人しかいないのだ。オージーも人気のない寮へアンネリを帰すことを案じ、自宅へ連れて行くと言った。二人ともいい大人だから問題はないだろう。


 俺はオージーとアンネリをストスリアまで送った。オージーの家は町はずれにある。彼の家の前で話し合い、実験再開は翌日と決めた後、解散となりそれぞれの家路に就いた。

帰り際のカミュを俺は呼び止めた。


「ギンセンカが何とかって言ってたけど、何かあるの?試合前に気合入れる合図みたいな?」


カミュの表情が少しこわばった。そして、


「……イズミは特殊なことが多いですので、いずれ知ることになるでしょう。今日は休んでください」


 それ以上は何も言わずにカミュはその場を後にした。



 それ以降、シーグバーンの姿を見なくなった。




 明くる日から俺たちは実験を再びはじめた。

 カミュも解析にもれなく参加するようになり、オージーとアンネリの実験は大きく前進し始めた。

目まぐるしくデータは増えていく。それに伴って書類も増えて行った。

 いつしか、俺とカミュが来る前よりも教室は汚くなっていた。最初に座ったソファはもはやどこにあるのかすらわからない。


 季節は移る。

 いつしか雨が多くなり、カミュの服装も厚手のものになっていった。窓から臨む木々は色を変えいく。それと一緒に道や芝生をたくさんの落ち葉覆い尽くしていった。そして、木々は葉をすべて落としきり夏の面影をどこかわからないところへ置いてきた。



「この程度の結果で導いた論文が有名どころで通用するわけがない。出したければ好きにしろ」


晩秋のある日、いくつもの書類と落ち葉をかき分けた俺たちにグリューネバルトはそういった。


「保存したいビブリオテークを決めて、そこの基準に従って書け。どこも受け取らんと思うがな、一発では」

 続けてそういうと、立ち上がり窓の外を見た。


 それを聞いたオージーとアンネリは表情を緩めた。

 これは俺でもわかる。グリューネバルトは二人の論文を認めたのだ。

読んでいただきありがとうございました。

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