彼らの商量 第九話
ドミニクは路地を走っていると、「おい、おれたちを追ってるのって商会なのか?」と尋ねてきた。
「そういうことだ。他の元勇者は早いとこ片付けられたのに、お前はずいぶん生き残ったな。北公が離反してから何をしてた?」
「おれは軍に工兵として離反軍に参加してた。ああ、だが自信がねぇから正式な所属じゃなくて、職業会館で募集してる臨時の工兵みたいな感じでやってた。他も似たような連中ばかりで、ほとんどいつものメンバーが揃うんだ。その中におれ以外にも元勇者は何人かいたが、週を追うごとに一人ずつ居なくなっていったんだ。基地整備がほとんどで危険なことはなかったのにだ。
最初はどうせ嫌になって投げ出したんだろうと思ってたんだが、そいつら全員はいなくなる前にノルデンヴィズの路地にある、早雪の影響がないときと同じ質と量の酒を出してくれる店に行くって言ってたんだ。
元勇者が突然消えるって噂もあって、おれは警戒してたんだが、相方ともう一人の元勇者が行くって言い出して昨日の夜そこに行ったんだ。でも、その店の様子が変だったんだよ。おれたち三人以外に客はいなかった。だが、久しぶりにうまい酒を飲めて飲み過ぎちまったんだ。その帰りに……。相方は……」
ドミニクは悔しがるように目をつぶり、首を左右に振った。
「どうやら、商会の勇者狩りは確定だな。アニエス、俺たちはどうする? 商会から隠れてククーシュカを探すのはかなり困難だ」
「ここはまず、北公に保護を求めませんか? 歌い手捜しの件で確実な保護を受け、その中でククーシュカちゃんを探しましょう。歌い手の件に加担しようとしまいと、彼女には絶対に会わなければいけないのですから」
「チッ……。ククーシュカを説得してからのつもりだったが、仕方ないか。不本意だが、そうしよう。とりあえずドミニクをユニオン領に放り込んでから、カルルかモンタンのところへ向かおう。今度こそ怒られる覚悟でな」
前を向くと路地の先が開けていた。右手で後ろを走る二人を遮り、壁に身体を寄せて陰のギリギリまで寄った。光に当たらないように覗こうとしたが、見通すには無理があったのでアニエスに手鏡を借りて確認をした。
「誰もいないか……? いや、なんか落ちてるな……。ありゃなんだ? 義手か?」
鏡越しに見えた通りは人通りはない。しかし、その真ん中で何かが揺れている。真鍮の色で金属光沢の間に茶色い錆びがあり、前腕部から右手までの形をした何かが転がっていた。簡易な作りだが、指には関節が付けられて魔力か何かの動力である程度なら手の動きが再現できそうだ。持ち主からは離れているが、動力が僅かに残っているようだ。指先が誤作動を起こしているのか、まるで見えない鍵盤を弾いているかのように動いている。
それを鏡越しに見たドミニクが息をのんだ。
「相方の、シリルの……義手だ。あいつの形見だ!」
角の暗闇から通りを覗いていた俺たちの間に割って入り押し退け、通りに出ようと身を乗り出し始めたのだ。
「バッカ野郎!? 待て! 何する気だ!?」