彼らの商量 第七話
それからしばらく人の少ない路地を介して外へと向かっていたときだ。
暗がりを進んでいるとアニエスがペール缶を蹴飛ばしてしまった。すると、誰かがその後ろでうずくまり震えていたのだ。
罠では無いと言い切れないが、全身で筋肉を震わせて頭を押さえ、歯と歯がその動きに合わせてぶつかり合うような音まで聞こえるは異様な光景だったので声をかけた。
「あんた、大丈夫か?」
振り向いた男は俺たちを見ると、ひっはぁと少ない呼吸で絞り出した悲鳴を上げ、さらにアニエスを二度見すると、口を開けたまま尻をついて後ずさりをした。
「あれ? あなた、前に会いましたよね? 確か、ノルデンヴィズの……」
アニエスは前屈みになるとその男に尋ねた。
「ひ、ふぅっは! すまん! 許してくれ!」
近づかれた男は尻をついたまま後退った。泥だらけでボロボロになり、破けた上着からはだけた胸板は筋肉質で厚く、何カ所も大きな傷ができていてこれまで何年か戦いをしてきた戦士ように見える。
しかし、自らを守ろうと顔の前で組まれた太い腕はまるで何度も転んだかのような擦り傷だらけだ。毛には土と小石が絡まり、何かへの恐怖とそれから逃げる焦りのあまりその汚れを払う余裕もないようだ。
一歩男に近づくと、しなしなとうずくまってしまった。その恐怖におののく情けない姿は、他者の庇護を無くしては生きてはいけないほど弱い者の姿に見える。腕の隙間から見えた顔の無精ひげは整えられておらず、顔には影が差してやつれているようにも見える。
だが、それはどこかで見たことのあるような顔つきだった。暗がりの中で目を細めると、その男はかつて俺とアニエスを脅迫した元勇者の一人だったのだ。
壁に背中を付けて両手を前に出すとその肩幅は大きく、どうやら小さい男ではないと言うことに今更になって気がついた。もう一人が細身で背が高い男だったので、小さく見えていただけのようだ。しかし、そのもう一人が見当たらない。
「久しぶりだな。今日はもう一人の背の高い方はいないのか?」
そう尋ねると、男は下を向いて頭を抱え始めた。再び震え出すと顔を上げたが、その瞳に涙を浮かべ始めたのだ。
「シ、シリルのことか? あ、あいつは、こ、ここ、こっ殺された……」
それを聞くと同時にアニエスは何も言わずに左手の甲をさすりはじめた。誰に、と聞く必要は無い。商会であるのは見当がつく。それよりも今は、
「それはいつのことだ?」
「き、昨日だ。おれも殺される!」