彼らの商量 第六話
監視の様子を覗うために通りの方へ向けていた視線を前に戻すと、アニエスは唇を尖らせるように突き出して目をつぶっている。少し間の抜けた顔でとても愛らしく、しばらく見ていると、アニエスは様子のおかしさに眉間に皺を寄せながら薄目を開けた。俺はそれにも思わず笑ってしまった。
(ちょ!? 何ですか!? しないんですか!?)
困ったような顔を赤らめ、小声でぷりぷり怒っている。
(ごめん、ごめん。ふりだからさ。あと四回くらい)
(イヂワル! 一回くらいは、その、してくださいね! もぅ)
談笑ながら路地を出て、再び通りを歩き出した。アニエスは怒り、俺はからかうように笑っていたので路地からは自然に出ることができた。
それからしばらく歩き続けて二回目の路地へとなだれ込んだとき、アニエスものってきたのか、覆い被さる俺の足の間にするすると足を入れてかなり挑発的なことをし始めた。
監視はこちらに見られてしまうと逐次交代しているようだ。全く違う人間が監視につくようになった。だが、監視のいる方向へ振り向いたわけでもないのに視線がやたらと合う上に、雪解けの水たまりを足で遊んだり、お互いの鼻をツンツンつつきあいながらと基本的にだらだらと、そして安定しない速さで歩いているにも関わらず常に一定の距離を保っているなどで、誰がしているのかがすぐにわかった。
数人規模でしているようだが、諜報に長けた軍人ではなくほぼ全員素人のようなのだ。よく考えればこんなズブのド素人二人にボンドをつけるわけもないか、と肩透かしながらに納得はした。しかし、そうだとすれば、監視に何十人も付けないと考えられる。そこで路地に滑り込んでいちゃつくカップルのふり作戦を繰り返し、監視要員の数を把握することにしたのだ。
バリエーションを変えて五回ほど繰り返すと、監視は最初のハットの男に戻ったのだ。これは意外と簡単に撒けそうだと思い、頃合いなので髪の匂いを嗅ぐふりでアニエスに耳元で囁き、職業会館の前へと向かうことにした。
そこは戦況の悪化に伴い様々な仕事依頼が増え、割の良い仕事も少なくないのでそれを求めた人々でごった返している。その邪魔な人混みと、腕をしっかり絡めたままいちゃつく姿を見せつけられることにうんざりしている監視から距離をとることができると見込んだのだ。
案の定、職業会館前に着くと、監視は保っていた距離を離さざる得なくなった。先ほどと同じくアニエスを壁に押さえつける要領で、職業会館入り口真横にある細い路地に滑り込んだ。そこはいつかレアに呼び出された奥が深く暗い路地である。
やれやれと呆れ始めているはずの監視は、人混みにも阻まれて俺たちの様子を覗きに来るタイミングが遅くなるはずだ。それを見計らい、路地のさらに奥の角を曲がると俺たちは一目散に走り出した。
しばらくすると、だいぶ後方から笛の音が聞こえてきた。どうやら脱走が見つかったようだ。
「ひゃはは、走れ走れ! 逃げろ逃げろ!」
「あはっ、ちょっと楽しいかもしれません、これ!」
「路地を介して北東方向に逃げるぞ! 地の利を生かして街の外まで脱走だ!」
二人で路地を走り抜け、角を二、三度曲がった。