彼らの商量 第四話
「私は構いませんよ。傷つけようとするのは許しませんし、当然女としての立場も奪わせませんが、一緒に行動するのは気にしません。今さらなんですか。私たち、一時期三人で生活してたじゃないですか」
アニエスはあっけらかんとしている。三人暮らしに対して抵抗を覚えているのは、アニエスではなく、もしかしたら俺なのではないだろうか。
三人で住んでいた時期のことは覚えている。なんとも落ち着かない日々だった。一人ならでは暖房をフルに効かせて下着か全裸でうろうろしたり、冷房をフルに効かせて真夏に厚着したり、ベッドの上で飯を食ったりなどどうしようもない生活を送ることを許されず、なんとも窮屈だった。だが、本音を言ってしまえば寂しくは無かった。それに、あのときとももはや違う、こんな時代に突入してしまったのだ。一人よりも仲間がいた方が心強いはずだ。
「それにあの子はまたタンスに入って寝泊まりしますよ」
「タンスのあるノルデンヴィズにはいられないぞ」
それに気づいたのか、あっと声を上げると、「では、大きめの桐箱を買ってそこに」と顎を引いた。
「例のコートがあるから入れるとは思うけど、ククーシュカが気に入るかは別だな」
「いえ、入れます。夜入ったら、毎晩麻縄で箱ごと縛って朝まで出てこられないようにして」
気にしていないのかと思いきや、それを言うアニエスの声色は低く冗談ではなさそうだった。どこかの金次郎や炭治郎みたいに箱を抱えて歩くことも含めて冗談だと受け止めて、とりあえず笑って誤魔化した。箱に女性を入れて運ぶなど、考えるだけで身震いしそうだ。フロイデンベルクアカデミアの誰かのようだ。
「これからすぐにでも向かうけど、入れ違いにならないか?」
「行く決心がついたようですね。大丈夫ですよ。女の勘ですが、まだ彼女はクライナ・シーニャトチカの南にいるはずです。きっと北公にはいません。連盟政府領にいると言うことは北公も簡単には立ち入れませんよ。まずは現地のひとけの無いところで彼女の襲撃を待ちましょう。そして、説得しましょう。多少手荒になっても頷かせます!」
と言って拳を振り上げた。
「ははは、お手柔らかに」
見つめ合って同時に頷くと、立ち上がり準備を始めた。俺はピーコートと杖を持ち上げた。指先に杖のヒヤリとした感覚を鋭敏に感じ、杖を左の腰に付けた。アニエスは北公の元軍服に袖を通し、ブーツの紐をきつく縛り直した。
「よし、早めに戻ろう。クライナ・シーニャトチカに」
物事を成し遂げようと立ち上がり、それがうまくいけばそれは「正しい判断をした」といえるだろう。だが、それは本当にそうなのだろうか。
そのとき下した判断は最終的には正しいものになったので、結果オーライと言えば前向きにとれる。
だが、これから犯す過ちは大きく、その後に前向きに捉えることは、少なくとも俺にはできなかった。




