彼らの商量 第二話
「でも、それじゃあ戦争が……」
「イズミさん、考えてください。黄金は戦争に必要ですか?」
「武器を買うための元手になる」
「そうでしょうか? もっと直接的に必要な物って他にあると思うんです」
「どういうこと?」
尋ねるとアニエスはポケットから棒状の紙で包まれた物を二つ取り出して、どうぞ、とその一つを渡してきた。包み紙を開けると、角が少し焦げた黄色い何かが出てきた。ぽろぽろと崩れると、メイプルの重く甘ったるい匂いが鼻をついた。
「クッキーですかね、これ。戻ったらおなか減るかなって思って、ギンスブルグのお屋敷からこっそり持って来ちゃいました」
棚に寄りかかると食べ始め、角を丸めるように小さくかじるとおいしそうに頬を緩めた。そして、コリコリと硬そうな音を立てた後に飲み込んだ。
「これがないと戦えないと思います」
クッキーの何が大事なんだろうか。手の中のクッキーを裏返しながらしげしげと見つめながら、「カルルさんはナッツの入ったクッキーの中毒者なのか? 無いと禁断症状が出るのか?」と尋ねた。
「違いますよ。おなかが減ったら戦えないですよね? これから戦況が悪化すると、お金よりも食べ物が大事になってくると思うんです」
「それも買うために金が」
「確かに買うにはお金が必要ですね。それと同じくらい、食べ物もなければいけません。じゃあ、その商品はいったいどこから買うんですか? 連盟政府からですか? ユニオンですか? それとも共和国ですか? 確かに金が欲しい共和国ならあるかもしれません。でも、それをどうやって運ぶんですか? 取引が行われるのが個人対個人ではなく、国家対国家レベルになるので、商品の量も相当になります。テキトーに二、三人雇って運ばせて、お駄賃程度の賃金を渡して終わりというわけにはいきません。そうなると大規模商会を動かす必要があります。例えば、トバイアス・ザカライア商会とか。でも、あの人たちはあなたみたいに気前よく移動魔法を使わせませんから、運ぶ物の割に合わない輸送料をふんだくりますよ」
「北公の農家からじゃ無いのか?」
「そうでもないでしょう。反旗を翻した領民たちは、カルル閣下に進んで食べ物を提供しています。軍の方も早雪を考慮して何でもかんでも接収していくという感じではありません。いえ、それ以前に、黄金とお金は違います。純金の延べ棒ならまだしも、本物かどうかを見極められない上に、歴史的価値がわからなければただ趣味の悪い作りの金の杯や冠といきなり食べ物を交換してくれる農家はいませんよ。おまけに換金しなければただの調度品にしかなりません」