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帝政原理思想と皇帝の末裔 最終話

「閣下が独自で行われていた砂漠の遺跡発掘調査の際、ある物が見つかったのです。それは弦の付いた箱と束になった羊皮紙でした。ほぼ荒廃した様な状態の遺跡からそれらは唯一完全に近い形で発掘されました。ブルゼイ史学者の調査により、それらは楽器と楽譜だとわかりました。しかし、学者たちも歌までは再現することはできませんでした。部分的に解読された歌詞によれば、ビラ・ホラは黄金郷であると指し示していたのです。ですが、情報は断片的でした。しかし、調査が中断しつつあったところへキューディラジオで『白い山の歌』が流れてきたのです。連盟政府の言語で歌われたそれは断片的に解読された歌詞と一致していました。それを基にさらに解読は進められています。発掘された楽譜は流れていた曲よりもさらに長いものであり、現在も解読が進められています」

「ブルゼイ族の歌い手でも連れてこいってか?」


 くどい説明を遮るように言うと、モンタンは両手を広げて仕方なそうに笑った。そして、


「それができれば手っ取り早いのですが、ブルゼイ族とスヴェンニーは()()()()とあります。そこでスヴェンニーでもなければブルゼイ族でもなくて、それでいて歌い手についてよく知るあなたの助力が必要なのです」


 と心底気味の悪い微笑みでにっこりと俺を見つめてきた。


「黄金で何をするつもりだ? 魔力絶縁性を使って何かするのか?」


 そう尋ねると少し考えたように無表情で黙り込み、「戦争にはお金がかかります。そのための軍資金ですよ」と再び微笑んだ。


「魔法の絶縁性に関しては素晴らしい物だというのは知っています。ですが、残念なことにその性質を遺憾なく発揮できる魔法使いは北公には多くない。その代わり、器用な錬金術師はごまんといます。故に半端な魔石でも十分な力を発揮させることが技術的に可能ですので。物は使いようです」

「ならば(カネ)も使いようだな。あるかどうかもわからん黄金探しに予算を回して良いのか?」

「それはそれは、確かに耳が痛いですね。ですが、遣わされる四人のうち、私は薄給、残りの三人は諸般の事情により減俸中なのですよ。薄給将校は辛いものです。あなたが目的の和平にたどり着いてくれれば、こちらに回す資金も幾ばくか積まれて、おそらくは性急には必要にならず私も一人で焦らなくて済んだのですが。ははは」


 モンタンは後頭部を掻いている。その仕草も言葉も嫌みにしか感じない。確かに和平を投げ出すわけにはいかなくなった。だが、まだそこには目に見えて迷いがある。これまでは具体性の無い和平に向けて俺はただ進んでいた。一度は諦めてそれが正しくないことに気づかされ、そこからやり直そうと思った矢先だ。

 さらに黄金を狙う者ばかりが目の前には集まってくる。加えて俺たちを追いかけてくる歌い手が鍵となるとまできたものだ。ここまで盛り上がると、何か怪しいモノを感じざるを得ない。まるで俺はまた大きな流れに取り込まれようとしているのでは無いだろうか。不確かな目的だけはある一方で、そこへの過程がはっきりしていないのに目的を果たせと世界は急かしているようだ。


「もし黄金なんてのが無かったら?」


 往生際悪く、黄金探しから逃げだそうとしている自分がモンタンにそう尋ねた。

 そういう事態は往々にしてよくある話だ。他国に偽の情報をつかませて、そちらに注意が向いてる間に作戦を遂行するというような、どこかの戦略の一環とも考えられる。


 だが、それはない。あったとしても少なくとも連盟政府の仕業では無い。シバサキやクロエが動いているし、モンタンは一応その二人と同じ聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)でもあるからだ。北部文献を漁ったユニオンの仕業かもしれないが、軍事的はにまだ優位でマルタン奪還以上の意思のないユニオンが何かしようというのも考えられない。昨日のシンヤとの面会後、ユリナは黄金の話に食いつくような気配を見せた。ユリナは黄金について何も知らない様子で共和国の仕業も考えにくい。今この場にいて、話をすべて聞いているマゼルソンも不気味なまでに何も言わない。


「黄金がなければ私たちは何もしませんよ。もちろん、あなた方にも処罰はありません」

「何もしないはずないだろ。お前はカルルの右腕だ。そんなポジションの奴をあっさり諦められる仕事に向かわせるわけがない」

「それはわかりませんね。確かに私は閣下の右腕ですが、共和国ではモンタンであり、連盟政府ではモットラであり、北公ではムーバリであり、あちこちのスパイでもあります。悲しいことにどこからも信頼されているわけではないのでしょう」

「それでもお前は何で一方通行な忠誠を誓うんだ?」

「私は馬鹿者(ドゥム)だからですよ。忠誠の意味を知らない、たった一匹のシロアリに過ぎませんから」

煙に巻くようなはっきりしない言葉に何も言えなくなった。


 俺たちはこれから連盟政府に戻り、ククーシュカを説得する。それは和平とも何も関係がなく、彼女を孤独から救い上げるという極めて個人的な理由だ。黄金のためにククーシュカに会いに行くわけでは決して無い。だが、ククーシュカを救い出すためにアニエスは命を賭してきたというのに、まるでただの強欲のために目的を上書きされたようで不愉快なのだ。


「悪いが返事は先送りにさせてもらう」

「構いませんよ。ですがあなたは必ず動く。当面の間は北公での行動の自由は保障いたします」

「そうか」


ウォッホン!


 年老いた者の咳き込む音がすると、空気が弾けるようになった。モンタンとの間に長い沈黙が訪れていたことに気がついてはっとした。


「諸君、話は終わったかね? 他国の長官の部屋で宝探しの話をするなど失礼だと思わんのか」

これまで不気味に黙り込み、何一つ口を挟まなかったマゼルソンが口を開いたのだ。

「これは長官殿、失礼いたしました。イズミさんとの話し合いは終わりました。それではイズミさん、良いお返事をお待ちしております」


モンタンはにこやかになり、俺はそれに対して何も言わずに移動魔法を唱えた。ノルデンヴィズの拠点へのポータルを開くと「早速お帰りですか。私も一緒に戻りたいものです」とにこやかに黙っていたモンタンがぼやいた。


「来たきゃ来るか? だが、お前が通る瞬間に俺がうっかり閉じて、北公に戻れるのは上半身だけになるかもしれないぞ」

「恐ろしいことをおっしゃいますね。ですが、あなたはそんなことは絶対にしない」

「……信頼の無いシロアリ野郎に信頼されてるとは光栄だね」

「いずれにせよ、今そこを通るわけにはいきません。私にはこちらでやることがあるので」とモンタンは微笑んだ。


 ポータルを抜けて背後を覗うと、無表情のマゼルソンとそのすぐ横に立ちにこやかなモンタンがこちらを見送っていた。その姿に腹が立ったので、乱暴にポータルを閉じた。

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