帝政原理思想と皇帝の末裔 第三話
モンタンは突如深々と頭を下げ始めたのだ。
「申し訳ございませんでした。イズミ殿にはこの場を借りて謝罪いたします」
下げた頭をさっと上げると話を続けた。
「先日、当方軍内部の情報伝達にミスにより、第二スヴェリア公民連邦国、旧領地クイーバウス軍統括指揮官ライナルト・ヘルツシュプリング上将が、民間人であり尚且つ閣下の恩人であるイズミ殿に対して無礼を働いたことをここに正式に謝罪いたします。彼への処分は、上将から下佐へ五階級降格、降格後の給料を基準に75%減俸、半年間無給謹慎後、三年間予備役を言い渡しております」
軍属ではないのでイマイチピンとこないが、それでもわかるほどに途轍もない凋落ぶりではないだろうか。アニエスは軍属だったとき中佐だったはず。つまり彼女よりも階級が下になったということだ。前線基地に戻ってきたときの彼女に対する発言への懲罰の意味もあるのだろう。しかし、そんなに罰して大丈夫なのか。処刑されないだけマシかもしれなが、生きているからこそ報復が怖い。
「それから、イズミさん、あなたが閣下を陥穽に嵌めたという疑いは晴れてます。トバイアス・ザカライア商会のレアという商人とノルデンヴィズの食堂経営者のカトウという男、およびその他公的書類等により、あなたに一切の責任はないと判断されました」
それを聞くとアニエスはえっと息を漏らすと、構えていた杖先がわずかに下がった。そしてチラリと俺を覗き込んだ。視界の隅に見える彼女の顔に警戒はなくなっている。
「ですが、拘留中だったヴィトー金融協会のカミーユ・ヴィトーの逃走を幇助した罪があります。それとアニエス中佐の誘拐監禁容疑もかかっております」
モンタンが語気を強めてそう言うとアニエスの顔は再び気色ばんで杖をあげた。だが、アニエスは脱走兵という扱いでは無いという点において何かしらの配慮が見える。彼女に罰則は無いだろう。
「カルル閣下は寛大であられます。私たち北公の計画に協力したら許しを与えるとのことです」
「何をしろと?」
俺が顎を少しだけあげて杖先を促すように振ると、モンタンは北公のやり方の敬礼(掌を額に向ける敬礼)をした。
「では、改めてカルル・ベスパロワ総統から賜った命令を伝えさせていただきます」
と言うと背筋をピンと伸ばした。毎度の如く、まるで天井から糸でつるされているかのように。
「私、モンタン。いえ、ムーバリ・ヒュランデル上佐および他三名と協力し、ブルゼイ族の黄金郷ビラ・ホラを捜索せよ、とのご命令です。黄金探しですね」
また黄金か。クロエとシバサキも黄金を探しているようなことを言っていた。ノルデンヴィズを出るときにしていた話では、ビラ・ホラは黄金郷であり、ブルゼイ族のふるさとだ。
「なんで俺たちなんだ?」
モンタンは休めの姿勢になると、
「キューディラジオで流れていた曲をご存じですか? 知らないわけがありませんか。現在行方不明のダリダ・モギレフスキー氏の話では、キューディラジオで曲を流していたのはあなただそうですね。そこでは共和国、連盟政府、ルシールさんの歌声、その他いろいろ様々な曲が流れています。共和国の流行歌が流れているのは存じ上げていましたが、スヴェンニーの物まで流れているのは少々驚きましたね」
と何やら感慨深そうな顔をしたが、すぐさまはっとして話を続けた。
「おっと、これは失礼。話がずれてしまいました。それはおいておきましょう。ハーディングフェーレを奏でる思わず踊り出したくなるような軽快なステップの曲、金管楽器の壮大な曲、共和国で流行の曲、様々な曲が流れる中でも特に際だって美しい曲がありました。聞いたこともない寂しげな音を奏でる弦楽器の音色に合わせて透き通るような歌声が合わさり、見たこともないところの風景がまるで思い浮かぶようでした。その曲というのは『白い山の歌』です」
俺は思わずモンタンから目を放してアニエスの方を見てしまった。彼女も何かに気がついたようにこちらを見ている。モンタンは話を続けた。
「人間たちの言語は、中央残留・向陽語族から派生したエノクミア語で統一されています。もちろんその歌も連盟政府の言語で歌われていました。しかし、学者たちの間ではその歌はもともと違う言語で歌われていたと言う見解で一致しています。その言語というのも向北語族ブルゼイ語なのです。ですが、困ったことにブルゼイ語は完全に消失。向北語族は少数いるのですが、もはやブルゼイ語の面影すらありません。さらに連盟政府の方針でブルゼイに関して研究をする学者たちは白い目で見られていたので多くないのです。そこでイズミさん、あなたはこの曲の歌い手を知っていますね?」
尋ねる、ではなく確かめるようにそう言った。その歌い手はククーシュカのことだ。
「黄金と関係が無いな。それにこの歌い手もエノクミア語以外は話さない。今どこに居るかもわからない」
居場所がわかれば襲撃に遭わないだろう。それに少なくとも俺の前ではブルゼイ族のククーシュカがブルゼイ語を話しているところを聞いたことは無い。嘘はついていない。
「何を仰っているのですか? この曲こそが黄金郷への道しるべである可能性があります」
モンタンはわからないのがまるでおかしいかのように両掌を見せてきている。わからない、わけがない。そのようなことだろうとは思った。シバサキとクロエの言った黄金郷、エルメンガルトの言ったブルゼイの中心地ビラ・ホラ、そしてそれは白い山であること。そのすべてを考えれば、俺でも気づかないわけが無い。
それにしても不愉快なタイミングだ。これからその歌い手を説得に行くところだというのに。