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秘術巡る血族 最終話

 天蓋付きベッドの天井に描かれた模様の線を追いかけていた。


 照明は消えてだいぶ経っていて、暗さにもう目が慣れている。だが、疲れ切り浴びたシャワーで温められた体は、すぐそばにあるもう一つに体温で冷まされることなく、冬の室内の寒さで冷えた頭は緩やかに視界をぼやけさせ始めていた。


 重たい腕の中で何かが動くと、「これからどうしますか?」と声がした。もう少しで眠りに落ちてしまいそうだったが、少しだけ顔を上げて覗き込むと暗闇の中でアニエスの目が光っている。

どうすればいいか。俺が気にしていることは二つだ。


 一つは投げ出してしまった女神に託されたあの目標だ。

 戦争を終わらせるという壮大ではないが、抽象的で曖昧ではっきりしないそれ。だが、腕の中で光る真っ赤な瞳を見ているとそれを必ず止めなければいけないと思うのだ。この愛する女性と平和な世の中で穏やかに暮らしたい。絶えず何かの脅威に晒されてすり切れていく様な人生を送らせたくない。しかし、それは誰も為し得なかったことだ。果たして自分にそれが本当に可能なのだろうか。だが、ほんの少しだけ冷静になれば、何故それができないと思ってしまうのかがわかる。


 単純なことだ。はっきりさせていないからなのだ。


 何を持ってして戦争が終わりなのか。それがはっきししていないからできないと思うのだ。だいぶ時間をかけてしまった。まだあの女神は俺を見捨てていないだろうか。不安なことは山ほどある。

もし時間をかけて良いのなら、まずはその目的の終着点を見つけることから始めなければ。


 そして、もう一つはククーシュカだ。

 あの悲しみにくれる顔を思い出すたびに胸に針が刺されるようなのだ。だが、どうすればいいのかわからないのも事実だ。それでも無視をすることはできない。そして、エルメンガルトの言っていた短命の話だ。

 エルフにしろ、ブルゼイにしろ、何故彼らは短命なのだろうか。生き急ぐ彼らはまるで和平を急かしているようにすら感じてしまう。事実早く成し遂げなければいけないのは間違いの無いことなのだ。しかし、それでも焦るわけにはいかない。焦りも迷いも自らかける足かせになり、それに苛まれ続けた挙げ句どれほど時間を費やしたとしても結局達成できなくなってしまうかもしれないのだ。


 目的は迷い無く早くできる事から着実に達成していけば、焦りも減っていく。できることを確実にやるとすれば、まずはククーシュカの説得なのだ。


「戻らないか? 人間の世界へ」


 寝入り前のしゃがれた声でそう答えると、薄暗がりの彼女の顔は微笑みをたたえた。


「そうですよね。戻りましょう。あなたもそうしたいのでしょう? どこへでも連れて行ってくれるなら、あなたの行きたいところに行きましょう」


 狙われているのは俺たち二人共だが、アニエスに至っては命まで狙われているのだ。ククーシュカは移動用のマジックアイテムを持っている。しかし、共和国には来たこと自体はあるがそれは自分の足でたどり着いたわけではないので、それを使ってここまで追いかけてくることはできない。

 アニエスにとってはここが一番安全なところなのだ。長い放浪の旅で疲れたアニエスをここに残して俺はククーシュカを説得すると言うのが理想的だ。だが、アニエスは意地でも付いてくるだろうし、そもそも俺が離れたくないのだ。優しく、そして当たり前のように付いてきてくれると言ったことに安堵を覚えたが、それでいても不安は拭えないのだ。


「いいのか? ここなら、たぶん安全だよ?」


 付いてくるとわかっていても、そう尋ねてしまった。


「ククーシュカちゃんでしょ。気になるんですよね。どことなく仲間外れにしてるみたいに感じているんですよね」

「まぁ、そうだね。それにエルメンガルト先生の話も気になるし」と言いづらいが正直に答えた。

「わかりますよ」と胸板の上に右手を置いて摩った。暖かい指が鎖骨から胸板を撫でるとくすぐったい。アニエスも眠たくなってきたのか、目を少しうつろにさせている。


「どこまでも、どこまでも。何度も何度も。諦めること無く追いかけてきて。それで話もろくにできずに傷つけ合いの繰り返し。私にはわかります。彼女は泣いています。頬に付いている泥がいつもいつも違って、流れて乾いた後があるんですよ」


 鼻から大きく息を吸い込んで、一息開けると続けた。


「寂しいんですよ。絶対に。光に当たりたいのに近づけない。近づき方がわからない。まるでハリネズミね」

「ハリネズミなのは彼女だけじゃ無いんだよ。俺たちにもきっと針があるんだ。彼女よりも鋭くて、近づけないような」

「針は魔法とかそんなものではないのですね」

「そうだね。もっと心の中にあるような何かで。何とかできないかな。次に会ったとき、俺が説得するよ。でもそれには針に近づかなきゃいけない。危ない目に遭うことになるのに高速移動も使うな、とかホントにワガママばかりだな」

「ええ……大丈夫ですよ。彼女は……とても……いい子ですよ」


 最後まで聞く前に俺は深く眠りに落ちていた。


 久しぶりに真っ暗で風の音のしない夜は深くて、夢も見ず目が覚めることさえも忘れてしまうのでは無いかと思うほど深く俺たちは眠った。

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