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秘術巡る血族 第九話

 屋内庭園でのハープの演奏会は今日だったようだ。


 シンヤの居室をでるころにはいつの間にか始まっており、丸く弾けるパステルカラーの優しい音色が回廊に穏やかに反響していた。とても魅力的であったが、耳に何かが詰まっているような音にしか聞こえなかった。

 それは俺だけでなく、ユリナもアニエスも同じようで、誰一人耳を貸そうとはせず無言で回廊を歩き続けた。それからウィンストンの車に乗ってからでさえも、口をきこうとはしなかったのだ。


 ユリナは窓枠に頬杖をつき退屈そうに窓から外を見て、アニエスは膝の上で拳を作りその親指と人差し指を擦りあわせ、そこを落ち着き無く見つめている。

 俺が額に手を当てていると、「あいつはほとんど静止した世界で百年分くらい歳を取っちまった」とユリナが頬杖をつきながら話を始めた。


「私らが誰と組んでたか、一緒に行動してたか知ってるだろ?」


 俺は下を向いたまま、シバサキか、とぼそぼそ答えた。


「全部が全部アレのせいたぁ言えねぇが、大体はアレがいたせいで何度も危ない目に遭った。それは自分らだけじゃない。関係の無い人間もな。そのたびにシンヤは高速移動で対処してたんだ」


 ユリナはついていた頬杖の指先を動かし額と鼻筋を擦り、「私がふがいないばかりに、何でもかんでもあいつにやらせちまったんだよ。正直、甘えてるところもあった」と、やがて掌で目を覆うようになった。


「なんだ、その、それじゃ、あんまりじゃないか?」


 俺がそう尋ねるとユリナは掌を外し、小首をかしげて俺を見た。


「いや、そうでもないだろ。シンヤはシンヤで人生楽しんでたみたいだぜ」

「方法はいえないが、俺はシンヤを戻せるかもしれない」


 回復魔法だ。もう使わないと誓ったが、シンヤはあまりにも俺に目には惨めに映った。


「は? 例えお前でも、怪しい方法なんざシンヤには試させねぇよ」


 だが、ユリナは乱暴な言葉だが静かに俺の提案を断った。


「それにあいつはよく言ってた。オレ様の生き様を否定しやがるな、ってな」


 ユリナは体を起こし、シートに深く腰掛け直した。ほんの一瞬、バックミラー越しにウィンストンの視線がこちらを見ていた。後部座席を見たのか、後方確認をしたのか、それはわからない。


「だが、それにしてもエルメンガルトの娘か。意外だったな。まぁ安心しろよ。ガキはそいつ一人じゃねぇと思うぞ。史上最強のスケコマシ勇者と言われたシンヤのガキなんざ、連盟政府中にたくさんいるんじゃねぇの? 女好きだったからな」


 苦しい空気を打ち破りたいのか、ユリナは冗談めいた。しかし、アニエスはそれが気に障ったようだ。憔悴したように下に向けていた顔を突然上げると、息を吸い込んでユリナを思い切り睨みつけた。だが、俺はアニエスの肩をつかんで止めた。なぜ、と不服そうに俺を見つめてきたが、何も言わずに首を左右に振った。



 またしても車内には沈黙が訪れた。屋敷へと向かう道に入ると道の舗装はいくらか良くなり、ガタガタとする車の揺れは収まった。すれ違う車も増えてくると、ギンスブルグ邸が遠くに見え始めていた。


「ときどき――」


 またしてもユリナは息を吸い込むと、沈黙を切り裂き話を始めた。


「シンヤに会ってくれないか。面倒くさいかもしれないが。もうあまり長くない。過ごした時間は短いが、あいつにしたらもう110歳くらいなもんだ。お前と話してると元気そうに見える。ほとんど寝てるがつまんねぇだろ。最近の話でもしてやってくれ」

「ああ、移動魔法で病院に直行できるからそれは構わない。だが、最近の話か……。あんまりしたくないもんだ」


 シートにもたれながら首を仰け反らせて上を見た。目の前には灰色のウレタンか何かの敷き詰められた車内の天井が見える。


「なぜ?」とユリナは視線を合わさずに尋ねてきた。

「シバサキに会ったぞ。だいぶ良くない話で名前がちょくちょく出てくる」


 ユリナはしばらく黙った。そして前を向いたまま腕を組んだ。


「相変わらずご活躍中か。傍迷惑なクソだな」

「連盟政府で貴族様だとよ。部下の女と黄金探してるらしい」

「ほー、黄金とな」


 黄金に反応したユリナは表情を変えて覗き込んできた。


「詳しく聞かせろ」

「何に使うのか知らないが、黄金を探してるらしい。ブルゼイ族の中心地のビラ・ホラが黄金郷らしい。俺たちの仲間にいたククーシュカ、青白い髪の子いただろ? あの子はブルゼイ族で一緒に探してるらしい」

「ブルゼイ族……。北風の民か。なるほど、北か」

「何か知ってるのか?」

「いや、知らん。だが、黄金、金元素は私たちも欲しいな。金鉱山はあるが、これから需要が増えるからな。多いに越したこたぁねぇ」

「まだ前時代的な権力の象徴が欲しいのか? 連盟政府のフォンとかトゥとか名乗ってる連中と何ら変わんないな」

「バーカ。そんなもんじゃねぇよ、金の価値はよ」


 ユリナはため息をすると話を続けた。


「お前は知らねぇだろうが、金てのは魔力絶縁性があるんだよ。不純物がゼロの金は作り出せないが、99パーセント以上なら不思議なことに魔力をほとんど通さねぇ。さらに不思議なことに、使えば使うほどに純度が上がるんだ。魔力を通りやすくするために混じってる他の元素が表面に浮き上がってくるらしい。それで純度の高い金を作れるが、純度が上がれば上がるほどに魔力消費が大きくなる。通りにくいとこに無理矢理通すわけだしな。仕組みは、何か分子とかそう言うのが関与してんだろ。いつか科学者が解明すんだろ、その辺は。それがどういうことかわかるか? こちとら魔法使いがいないんだよ。だから、魔石の持つ魔力ってのを限界まで引き出してもらうために日夜研究が進められてる。魔力を放つときのエネルギー変換効率をあげるためには発動時の熱も光も、ちっせぇ音すら勿体ねぇ。そのために金がいるんだ。ユニオンの変な科学者、あのバスコとか言うのも金の絶縁性はかなり有効で欲しがってたな」


 よくここまでしゃべれたものだ。

 俺は突然饒舌になったユリナを一瞥して「そうか。好きにしろ」とだけ返して、窓の外に目をやった。

やはりユリナはルーア共和国の長官であるのだろう。シンヤのことで湿っていた空気はあっという間に現実的な話に引き戻された。ユリナが職務に対して忠実で立派であることに変わりは無いし、俺自身も感傷に浸りたいわけでも無いが、それがどうも無機質で話を続けようという気にはならなかった。


 ユリナは足を組み、その膝の上に頬杖をつくと下顎の突き出た顔で笑いながら覗き込んできた。


「お、珍しいな。お前のこったから『黄金は渡さない』とかきったねぇつば飛ばして力んでくるかと思ったけどな」


 シートの背もたれに頭を乗せながら、左に座るアニエスの方をちらりと見た。悲しげな顔をして窓の外の景色を見ている。茶色くなった街路樹を追いかけているのか、瞳は盛んに動いている。


「どうでもいいんだよ。黄金なんかよりよっぽど大事なもん、見つけたんだよ」

「はっ、スカしやがって。とりあえず今日はうちに泊まってけ。どうせろくなもん喰ってないだろ。いいモン食わしてやるよ」


 ユリナがそう言うと車はギンスブルグ邸の敷地内へと入っていった。

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