秘術巡る血族 第五話
「ビビったか? まぁ大げさにとらえんなや。フェリタロッサ家は全員末裔って事になる。それにフェリタロッサ家以外にも名を分けた分家もあるしなぁ。聞き覚えあんじゃねぇのか? ちなみにルーア家は断絶、フェリタロッサ家は他家よりもべらぼうに血が濃いうえに滅亡しかけでアニエス一人だけだから、おめぇさんの王位継承順位は相当高い位置にある。……いや、待て。事実上一位じゃねぇのか? なれたとしたらルーア王朝からフェルタロス王朝になるなぁ。まぁ、だが、もう関係ねぇ。皇帝は死にルーアの血は途絶えた、ことになって長きにわたる帝政はとうの昔に終焉を迎えたんだ」
ユリナはしてやったりの顔で、はっはーと鼻を鳴らしている。アニエスは踏み出しユリナの目の前に歩み寄ると、
「五大工の一人の末裔とは聞いていましたけど! 邪悪な魔物の心臓を食べてその血を浴びたとか、そういうので差別されてきたのは何だったんですか?」
と悲壮な裏返った声で詰め寄った。
「ああ、それウソ。皇帝もびっくりの真っ赤っかなね。連盟政府のプロパガンダよ」
ユリナはにやにやとしながら、動揺を隠せないアニエスを見ている。そして、左手を胸に当て右手を高く上げた。
「“一人は冷たい風をもとめて、一人は太陽を追いかけて、一人はまだ見ぬ荒野の果てをめざし、一人はすべての真ん中に居座った。残りの一人は大海を諦め諸所に散らばる湖沼を回ることを選んだ”」
くるくると回り大げさな動作をしながら情緒的な声色で語り、動きを止めてデスクの縁にもたれかかった。
「ブルゼイ、エスピノサ、占星術師氏族、最初の土地に残留した信心深い民、それから商会。確かに、フェリタロッサ家は五大工の末裔だ。“まだ見ぬ荒野の果て”ってのはエルフの世界、ルフィアニア大陸のことだ。うっかり川でも越えてきたんだろ。リティーロの共和国側の岸に遺跡もちらほらある。明らかにエルフの物ではない遺跡だ。ルーア皇帝ってのは“紅の主”って呼ばれてたのは知ってるよな? カストの葬式で葬儀屋が捧げてた祈りの言葉で耳クソにタコができるほど聞いたモンなぁ。じゃ何で紅かってのは、それはそれは髪の毛が“傷口の様に赤い”ものだったから」
アニエスは長い髪の毛を両掌にのせ、一心にそれを見つめている。
「この赤い髪は呪いじゃない……?」
指と指の隙間から垂れるそれは光を浴びると赤くしっとりと光り、動かせば脈を打つように滑らかに流れ落ち、まるで命の鼓動まで聞こえてきそうな出血を思わせた。動揺を見せるアニエスの傍に軽い足取りで来ると、ユリナは肩をぽんと叩いた。
「おいおい、冗談だろさ。呪いなんてのは、タチの悪いただの被害妄想だぜ? 自分が呪われてるんじゃねーかって思い込みでかかるんだよ。罪悪感を持たねぇ奴に呪いはかけられないって有名じゃねーか、はっは。つまり、そんなモンはねぇ」
「でも、でもでも、それが時空魔法と関係があるのですか?」
肩に乗せられていた手を握るとすがるようにユリナに尋ねた。
「単純なこった。ルーア家ってのが広大なルフィアニア全土にくまなく存在するエルフを長年統治できたのは時空系魔法が使えたからだ。つまり、人間のところの占星術てのは実はルーア家の秘術だったワケ。ま、問題もある。共和国にはその時空系の魔法が使えるエルフ、つまり強い力を持つ絶対統治者が今はいないんだ。そうなるとどうなるか、内側を押さえ込むために外に向かうか……。で、強硬派が何たらかんたら……。ああ、小難しい話はめんどくせぇや。どうでもいい」
アニエスの掌を両手で包み込み、ぐっと押し返した。前に垂れていた赤い髪を人差し指に巻き付けると、うっとりと眺めている。
「良い髪質だな。うらやましい。これを見てすぐにわかったさ。コイツはヤベェってな。私が全力で戦っても勝てないし、下手に共和国に入れたら帝政思想に利用されかねないってな。ま、その話はいいや。それで私は高速移動のことがすぐにわかった訳よ。つまり、クソ漏らしのイズミの思った通り、シンヤの高速移動とおめぇの女の高速移動はほとんど同質な物だ。さて」
ユリナは言い切った後、人差し指を伸ばして赤い髪をするりと放すと再びデスクに腰をかけた。そして腕を組むと顎を下げて、
「あらかじめ言っとくが、シンヤはまともな状態じゃねぇ。それでもあいつに会うか?」
と念を押すように尋ねてきたのだ。まるで何か相当な覚悟を要求しているようだった。
だが、アニエスは身を乗り出し、すぐさま険しい顔でうなずいた。
「いいんだな? それでテメェが人生悲観して精神ぶっ壊れても私しゃ知らねぇが、自ら命絶ってイズミのクソや誰かを悲しませるようなことは許さねぇぞ」
「構いません。それくらいで死ぬなんてありえません」
脅すような再三の確認にもアニエスは即答した。それをユリナはに黙り、低い位置から睨め付けるようした後、「いいだろう」と組んでいた腕をほどいた。
「なら車を出してやる。私もシンヤの様子を見に行くつもりだった。ちょうどいいし、同行すっからな」
と言うと、ユリナは部屋の隅にかけてあったカーキのシルエットの細いトレンチコートを羽織った。