秘術巡る血族 第二話
さて、じゃあ始めますよ。
時空系魔法には、大きく二系統があります。世界に作用するモンド理論か、実行者ないし集団に作用するウーノ理論。
時間を早くすることや遅くすることは基本的なことであり、時空系魔法が使える人間は誰でもできます。それを作用させることのできる対象が人によって異なるのです。
厳密に、使える人間、というのは、実は魔法が使える物であれば誰でも使えるのですが、発動させた後に作用系外への……一端この話は置いておきます。
さらに、相対的もしくは絶対的に時間を操ると言う物がありますが、相対的時間操作は誰もできなかったそうです。
別に禁忌というわけではなくて、できるわけが無いというのが共通認識でした。誰にとってもゼロ以下への減速、つまり時間を逆行させて事象の否定は不可能で、加速もやがて対関数的な増加になるので事実上無限の時間加速、つまり過程の消滅は不可能なのです。
話を二大理論に戻しましょう。ここでは世界と対になる物は厳密には異なるのですが一人と表現します。
世界の加速と一人の遅延は対偶の関係であり等しく、世界の遅延と一人の加速も対偶であり等しいのです。
移動魔法とは、移動の際の速度を極限まで上げた際に生じる結果へ誘導方法を一般化させたものな……のです。
まず、ある地点からある地点へ移動するのときに、移動者が速度を上げると目的地に早くたどり着くことができますね。
例えば五分かかるところに三分で……到着したとしましょう。それは移動者にとって本来必要とするよりも二分だけ時間が短くなったわけです。
つまり移動者に……とっては時間が早くなったということで……あるわけです。それはやがて空間を……ゆがめることに等しく……、ある地点とある地点に……必要な移動の時間を限りなく……体感でゼロに……するために……世界か……移動者に魔術を……作用させて……空間をねじ……曲げて、出発から……たどり着いたという……結果まで……の時間を……限りなくゼロに…………
「あ、ごめん、ストップ。なんだか眠くなってきた」
上半身が脱力して崩れきってしまう前に、掌を出して難解な講義を遮った。
すると、得意げに話していたアニエスも止まった。
「でしょうね。私も初めて聞いたときは意味不明でした。覚えるほど聞いてきたのでわかった風には言えますが、今でもわかってませんけどね」
「最初の二つの理論と最低限の仕組みはわかった……かもしれない。じゃあさ、アニエスが使ってるの高速移動は何なの?」
「私は母と同じモンド理論で、世界を遅くしているのです。遅くなった世界の中で私だけが通常の時間の流れをしています。外の世界で一秒間分動く間に、私は三分間分動ける、みたいな感じです」
「なるほど、でさ、エルメンガルト先生がシンヤは高速移動をしていたとかって言ってたけど、関係あるのかな?」
「どうでしょう……。占星術師は私を除いていなくなったはずなので使えるとは思えませんが。
でも、そのシンヤさんと言う人はイズミさんと同じように移動魔法が使えたんですよね?
それなら時空系魔法はおそらく使えるので、エルメンガルト先生の言っていた高速で移動して雷を避けるというのも可能だと思います。おそらく使えたと言っても差し支えないでしょうね」
先ほどアニエスが言ったとおり、俺も移動魔法を使える。そして、伝えてはいないが瀕死のアニエスの時間を戻したのも間違いなく時空系魔法だ。
あのとき女神はそれの名前を言っていたが、必死だったので覚えていない。
最近の新世代の元勇者たちは移動魔法が使えたことを考えると、みんな何かしらの形で時空系魔法が使えたのだろう。
時空系魔法を扱えたのは元新世代勇者と占星術師ということになる。詳しくは聞いていないが、シンヤも新世代の元勇者に含まれる。
シンヤは何かしらの原因があって少年から青年、そして老人へと年を取った。
まだはっきりはしないが、それは時空系魔法と関連があるような気がして俺はならない。それも副作用では無く、誰が使ったとしても起こりえる事態でないかと薄々思っている。
目の前にいるこの赤い髪の女性にも何か影響が出てしまうのでは無いだろうか。
もし、アニエスがシンヤのようになってしまったら? そして、それを防ぐ方法はあるのか?
一度はっきりさせなければいけないのだ。
考え込んでしまったところへアニエスが顔を前に突き出して瞬きを繰り返し覗き込んできた。それを見つめ返しながら、
「一度、共和国に行こう」
と俺が突然切り出すと、アニエスは少し驚いたようになった。
だが、次第に残念そうになり下を向いてしまった。そして、「かまいませんよ。どこまでついて行くって」と言って、横に置いていた杖を人差し指で軽くなでた。
ククーシュカを見捨てないためにここまで移動魔法を使わずに来たが、俺はついに使うことにしたのだ。
アニエスが残念がっているのはククーシュカを完全に突き放してしまうことになるので悲しんでいるのだろう。
だが、高速移動についての嫌な予感がはっきりしない今、俺が何故共和国へと向かうことにしたのかをアニエスに伝えるわけにはいかない。でも向かわなければ、二人とも失うような気がするのだ。
その場では何も言うことはしなかった。アニエスは何か言いたそうだが、尋ねてはこなかった。
その日の襲撃は夕方前にあった。
そこでけりがつき逃げ出す直前にククーシュカへと振り返り、「明日はこの辺にいない。二、三日遠出してくる」と捨て台詞を残して逃げ出した。
襲撃者に明日の所在を伝えて去るなど矛盾も甚だしいのはわかっていたが、俺はそれをせずにはいられなかったのだ。
アニエスもククーシュカもそれで何かが少しわかってくれたと、俺は思いたい。