秘術巡る血族 第一話
“小さなアニー、占星術師はもうあなた一人。
私? お母さんは時空系魔法をもう使えないの。使ってはいけないの。
本来平等であるはずの時間を不平等にして、それを悪用して絶対の利益を得ようとした人たちの罪は、長く生きる事を課された私一人が背負えば良いのよ。
だから、あなたは世界にたった一人残された占星術師。
でもね、アニー。安心して。あなたは決して孤独では無いわ。
あなたは最後の一人だけど、最初の一人にもなれるの。だから、あなたが新しい占星術師の歴史を作りなさい。
小さなアニー、もし、素敵な男性を見つけて子どもができたら、その子に色々なことと力の正しい使い方を教えてあげてね。
でも、反対に時空系魔法を一切伝えなくてもいいのよ。形ある物はやがて消えるの。人と人が形作る歴史もやがて消えてしまうもの。それもまた歴史の必然なのだから”
「って母はいつも言ってましたよ。占星術師の破滅の歴史なんか知らなくて良い、歴史はあなたが作りなさいって。思い出すと、なんだか不思議ですね」
アニエスはそう言いながら、伸ばした足先を左右交互にあげてつま先を見ている。
「ダリダさん、そんなこと言ってたんだ」
彼女の両親はブルンベイクが商会警備部であるヴァーリの使徒に襲撃されて以降、行方不明だ。彼女はあのときかなり取り乱していたし、それからも分離不安な様子もあった。
今のところその様子は見られないが、両親の話をするのはもう大丈夫なのだろうか。
「そういえば、もう大丈夫なの?」
と心配になり尋ねると、アニエスは視線を逸らしてうつむき加減になり、
「私ももういい年ですよ? いつまでも下ばかり向いているわけにはいきません。……それに取り乱したりも」
と人差し指で頬を掻いた。
クライナ・シーニャトチカでエルメンガルト先生と分かれてから数日。
乾燥したクライナ・シーニャトチカ周辺からさらに南下を繰り返し、ルーア共和国との国境である川に近づいてきたことで水分が増えて天候にも変化見られはじめ、再び雪が降る日も増えてきた。
だが、南下した分だけ気温は上がり、夜であっても体感温度は明らかに高くなっていた。
その日はこれまでに比べれば珍しく天気も良く、その分寒さも際だったが、午前中の寒さを切り抜けた昼間は休憩するにはちょうど良かった。
倒木に腰掛けて休んでいるとき、俺は気になっていた占星術師と時空系魔法について尋ねた。
これまで何も考えずに使ってきた移動魔法。これも占星術師が使う時空系だというのは、何となくと言う程度で知っていた。
そして、俺が使っていた回復魔法もそれなのである。
これまで使っていた回復魔法は、時間を加速度を遅くした末にマイナスにして時間を戻していたということで占星術師の使う時空系魔法と理屈は同じらしいのだが、それをどう扱えば高速移動(ととりあえず呼んでいる)のようになるのかはよくわかっていなかった。
「占星術とか時空系魔法のこと、具体的に教えてくれないか?」
「かまいませんよ。でも、教えるって言っても、母からしか学べなかったので偏ってるかとは思いますが」
「あのさ、なんとなくとしかわかってないんだけど、時空系魔法を使えるのが占星術師と言うことであってる?」
「厳密に言えばそうじゃないかとは思います。イズミさんも移動魔法が使えるじゃないですか」
「俺は例外で。あと新世代元勇者も前は使えたらしいけど、今は使えないからノーカンで」
「そうだとしたら、政府の施設で今も時間の減速をし続けている者たち以外の占星術師で私の周りで時空系魔法を使えるのは母だけなので、時空系魔法イコール占星術師で良いかと思います」
「そもそもどこから出てきたの? なんかそういうのって歴史から知らないと理解できないってよく言うじゃん」
と調子に乗って勤勉なふりを装った。だが、アニエスはうーんと言葉を詰まらせてしまった。
「実は歴史についてはあんまり教えてもらえませんでしたね。
母は占星術師への差別真っ盛りの時代と連盟政府の掌返しの時代の両方を生きてたので、あんまり話したがらなかったんですよ。
それでもしつこく聞いたら、昔々、私たちの祖先は魔物の心臓を食べて時空系魔法を手に入れたとか、赤い髪はそのときに浴びた血で染まり呪われて色が取れなくなったとか、時々若い親戚が行方不明になるのはその魔物の贄にされたからとか、そんな寓話があるぐらいしか教えてくれませんでしたね。
連盟政府がそうだと広めて、それが正しい歴史と決めていたので真偽のほどはわからないですが、差別があったのは事実みたいです。
それもまだ母以外にも占星術師がいたころで、実験での事故後に継承不可能と判断されて、断絶認定されてからはその差別対象がいなくなったということで差別も消えていきましたけど」
「また差別かぁ」
その話を聞いて、呆れるような声を出してしまった。
「スヴェンニーにしろエルフにしろ、連盟政府って差別ばっかりしてないか?」
「確かにそうですね……。統治のための差別ってやつですよ。
人間は一人一人が自覚を持っていても、集団になるとただの動物に戻りますから、本能的に支配したがるんですよ。
それで最下層よりさらに下を作り出すことで反感を買わないようにするみたいに」
「それだと無限に下ができないか?」
アニエスは困ったように視線を上に向け、人差し指を顎に当てた。
「その話は、ちょっと止めましょう。
連盟政府は差別なくして成り立たなくて、『ロバの血と不幸のミルフィーユ』なんて揶揄されているので、話が終わらなくなっちゃいます。占星術師に絞った話にしましょう」