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逃避行 第二十話

「長年ブルゼイの歴史を調べてたんだが、いろいろ知っていくうちにこれまでとはだいぶ違うって事に気づいたのさ。だが、それを論文を書いてだそうとしたらどこの論文誌にも拒否されちまってな。

 悔しくて自費で発表したらぼろくそに否定されたね。だが、論文誌に載せるよりもよっぽど話題になった。その分だけ否定も増えたがね。はっは。

 どれだけ否定されても意見を曲げなかったので放逐されちまったよ。おかげでストスリアにもいられなくなって周囲からも見放されて、自分が研究していたブルゼイ族の末裔だと思い込むようになっちまったんだ。仕舞いにはこのザマさ、はっ」


 拗ねたように息を吐き散らしながら、尋ねてもいないのに自ら経歴を語ってくれた。

 だがブルゼイ史研究の権威のはずだ。家の中に転がっていた本にも彼女の名前が掲載されていた。

 放逐されると言うことは、連盟政府にとって都合の悪い歴史も知っているのだろう。


「ブルゼイ族の歴史を教えてくれ」


 目をつぶり半分も残っていないタバコを大きく吸い込んで、堪能するかのように呼吸を止めた。そして、鼻と口から煙を吐き出すと、


「洟垂れが、黙ってたかと思ったらいきなりそれか。まずは自己紹介しな。どこの出身だい? 山狂い(ベルグボルクト)とかいったら首絞めるよ」


 と低い位置から睨め付けてきた。


「俺はどこも卒業してない。野良魔法使いを経て今は不良賢者だ」


「そうかい……」


 タバコを咥えたままの口を半分閉じて囁くと、さらに続けた。


「今時独学もめずらしいね。珍妙なヤツだからてっきりあそこかと思ったよ。研究しかできないクズの端くれなら殴り殺してたよ」


 一センチも残っていないタバコを地面に押しつけると、黒い灰の後だけが地面に残った。


「で、何が聞きたい? 歴史はもう教えた。私は二度も言わないよ。それ以外に知りたいことがあるんだろ?」


「ビラ・ホラだ。それからブルゼイ族の人間についてもだ」


「なんだい、この間言ったとおりだよ。ビラ・ホラはブルゼイ族の中心地。

 そういやあんた、黄金とかなんとか言ってたね。あるかなんざ知らんよ。

 私が文献で読んだ限りではブルゼイ族は鉄でも貴重だってな。死体から鉄分かき集めるほどにな、はっはぁ」


「財宝はあったのか?」


「あったらどうすんだい? さっき襲ってきたブルゼイ族の小娘にたかるのかい? そうなら早くとっ捕まえな。あんたらを追ってるあの女はあと5年も生きられるかどうかだな」


「どういうことだ?」


「この間言ったじゃ無いか。何を聞いてたんだ、洟垂れ。

 ブルゼイ族は近親婚を繰り返したから血が濃いんだ。それで変な病気が出て早死にするってな。

 私もよく知らないが、非魔術(ユーベー)系の僧侶が調べたら体を構築する線維が病気になるってわかったらしい。

 筋肉だとか骨だとか、皮膚だとか。そりゃもうあちこちに様々な病気が出ちまうんだとよ。

 ハブにされた人間がバチ当たれって願った結果でもない。つまり呪いでも何でもない。

 そして、さっきの小娘は間違いなくブルゼイ族の末裔。それもかなり純度が高い……という言い方は差別的だな。王族に近い、だ」


 アニエスの方を振り向くと、口を押さえている彼女と目が合った。やはり気にかけてはいるようだ。


エルメンガルトはさらに話を続けた。


「しかし、驚いたね。この年になってあそこまで特徴的なブルゼイ族に遭遇するとは思わなかったよ。

 クライナ・シーニャトチカにくる連中に血が混じっているような者が来ていたな。

 この間までいた、やたら口うるさく突っかかってきた治療院の女が民籍表(ライテレジスタ)を持たないそんな連中にも甲斐甲斐しく怪我の手当とかしてたさ。

 だが、さっきの小娘はそんな混血の奴らとは違う。私が研究し尽くした山ほどの文献に何度も出てきた特徴を全部はっきりと表現してる。国があったならお姫様だろうね、ありゃ」


 顔を覗き込んでくると、ニタッと笑いかけてきた。


「何百年も続いたブルゼイ王朝なんだ。連盟政府のブルゼイ残党狩りの名目もあるが、財宝の一つや二つあってもおかしくないだろうに。

 連盟政府は闇に葬ったが、連盟成立以前の歴史の中で他所の国との交流もあったはず。

 それにブルゼイ族は五大工の中で一番争いをしなかった種族だ。奪いもしなければ奪われてもいない。

 あっても全然変じゃないね。場所も不明なら盗掘もされないだろうに。どこにあるかわからない古の黄金郷、ロマンだけは一丁前だね」


 言い終わるとまたガサガサと落ち着きなく服の中を漁り始めた。どうやらタバコを探しているようだ。


 ククーシュカはブルゼイ族の王族の末裔で、宝剣キンジャール、三叉戟トルィズーブ、そして魔法剣サモセクなど、様々な武器を持っている。

 あれらもブルゼイ族の財宝なのではないだろうか。どれも飾りとしての要素が強くなるはずの財宝らしからぬ威力をもつが、柄や鍔に施された意匠に宝石が多く使われていて確かに財宝らしさもある。

 彼女のコートの容量はほぼ無限大。それ以外にも山のようにあるが、戦闘で使うことを目的とするならそれらレギュラーだけで十分なのだろう。

 黄金郷はおそらく存在する。あのコートがもしかたらそうなのだろうか。


 だが、どうでもいい。


 俺が、俺たちが欲しいのは黄金ではなく、安住の地なのだ。

 どうでもいいはずだが、何故俺はエルメンガルトに尋ねたのか。シバサキとクロエは黄金郷を探している。となるとククーシュカは狙われてしまう。

 それが連盟政府のためなのか、シバサキが英雄になりたいからなのか。なれば良い。好きにすれば良い。


 だが、やはり。シバサキが英雄になるのが悔しいわけではない。なるのは勝手だが、そこに至るまでに間違いなく大きな問題があるはずなのだ。

 それは連盟政府を巻き込んだ、最悪の場合民間人までを巻き込む可能性もある。そうなると数多の犠牲が。


 どうでもよかったはず。なのに。クソ。


 混乱して目眩が起きてしまった。

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