逃避行 第十七話
生物学的に近親結婚はよくないというのは今でこそ明らかだが、当時はそのようなことはなく、むしろ優秀な血が濃くなると考えられていたのだ。
結果的に正統ブルゼイたちは血が濃くなり、様々な疾患を持つようになった。さらに望んでいた魔力強化とは正反対に、代を追うごとに魔力は弱くなってしまい、完全に使えなくなってしまったのだ。
力ばかり求め、自分たちの既得権益を譲ろうとしない事に対する呪いだと言われた。
それでも王朝は続いたが、連盟政府が転機をもたらしたのは間違いない。
連盟政府との戦いの記録の中に見られるブルゼイ族の行った大規模攻撃作戦の一つの“アヴローラの夜”は当時存在しない飛行技術を駆使した物であり、教義において飛行は禁忌であった連盟政府に大打撃を与えることができた。
その仕組みは明らかではないが、よく晴れたオーロラ、ブルゼイの言葉でアヴローラの輝く夜に雷鳴系の魔法を用いて空を飛んでいたそうだ。
だが、なぜブルゼイ族は大きな力を持っていながら大敗を喫したかというと、前述したとおりに魔法が使えるが少なくなっていたからだ。
元々少ない雷鳴系の魔法使いがさらに減った状況で、継続的に“アヴローラの夜”を起こすことは不可能に近かったのだ。
そうしているうちに連盟政府に見抜かれてしまい、対策をとられた末に負けてしまったのだ。もちろんブルゼイの土地は地図から消滅した。
だが、ブルゼイ族は消えたわけではない。民間人は散り散りに逃げ出して、ある者は盗賊、またある者は賞金稼ぎになった。
共通していえることは、まともな職には就けていないと言うことだ。王家は財宝を持って逃げたといわれているが、それも実際のところ怪しい。貧しいブルゼイ族に財宝など本当にあったのだろうか。
連盟政府によるブルゼイ族の残党狩りを推し進めるための口実ではないのだろうか。
「なぜそう思うかって? 私は未だかつて襲われたことがないからだよ。へぇっへっへっ」
と引きつったように笑うと、首のネックレスや指に填められた指輪を見せつけるように前に出した。
「正統ブルゼイの、王家の人間の私が言うんだから間違いないよ」
そして、カサカサの前髪の隙間から、久しく見ていない真っ青に晴れ渡った空色の瞳を大きく開いて俺たちを見つめていた。
ブルゼイ族の歴史を語っていた彼女は何故かとても知的に映った。それついてまるで研究でもしていたかのようだ。
床に落ちていた本を一冊取り上げてタイトルを見ると、『ブルゼイ族正史XVII』とあり、著者には“エイプルトン歴史科 エルメンガルト・シュテール教室長著”と書いてある。
この老婆がブルゼイ族ではないのは間違いない。本にのめり込みすぎて自分がそうなのだと思ってしまったのだろう。だが、それでも知識はすさまじいようだ。
クロエとククーシュカが仲間割れをしたときに言っていた、“黄金郷”と“ビラ・ホラ”について何か知っているのではないかと思い、尋ねることにした。
彼らのように黄金が欲しいわけでは無く、単純に興味があったからだ。
「ビラ・ホラが黄金郷だとかいう話を聞いたんですけど、そうなんですか?」
「私が知るわけ無いよ。なんせ、白い山だ。あっても誰も知らんよ!」
知的だった老婆はあっという間に元の彼女に戻ってしまった。
「今日はもうオシマイだ。さっさと帰んな! まずくない飯なんか食っても話は盛り上がんないよ! ホラ、しっしっ!」
というと残っていた物を一斉に平らげ始めた。ガツガツと音を立てて、かすを飛び散らかしながら口の中に放り込む姿は先ほどの知性など全く感じさせない。
そして、口をもぐもぐと動かしながら俺たち二人の背中を食べ物のついた手で押すと家の外に押し出した。
「なぁ……」
魔法過敏症の老婆のために用意した小型のランタン(魔石を使っていないということにしてある)が橙の明かりを小窓から溢れさせ、荒れ始めて生えた枯れ草色の雑草のある乾燥しきった小道に光を投げかけている。
家に戻る途中、横に並び無言で歩いていたがどうしても頭から離れないことがあり、意を決してアニエスに話しかけた。
「さっきの話なんだけど」というとアニエスは勢いよくこちらを振り向いた。どうやらアニエスも気になっていたようだ。
「ブルゼイ族の話ですよね……?」
「なんていうか、どう思った?」
「どう思った……。まず、ツェツィーリアさんはたぶんブルゼイ族では無いと思います。でも、それよりも……」
「真珠のように輝く白い肌と、砂漠の宝石とも言われるシトリンの目を持ち、雪の積もった氷河のような髪色、だよね?」
思い出したようにつぶやくと、アニエスは目をそらして下を向いた。
「俺たち、よく知ってるよな?」
本音を言えば、俺自身これまでの経験からそうではないかと勘づいていた。
自称ツェツィーリアが言ったような特徴を持つ人間を俺たちはよく知っている。ついこの間まで目の前にいた。立ちはだかり、幾度となく刃を交えてきた。そう、それは、
「ククーシュカちゃん……」
「呼んだかしら?」
アニエスが呼んだ名前に応えるかのように、突然背後の暗闇の中から聞こえたのだ。
それと同時に俺はアニエスを思い切り弾くように横に押し倒した。