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逃避行 第十六話

「私たちは旅の僧侶です」

「嘘をつきなよ!」


 落ち着いたかと思った老婆は突然大声を出した。


「毎晩毎晩喘ぎ声がうるさい生臭僧侶なんかごめんだよ!」


 さらに続いた言葉を聞いたアニエスはしばらく硬直したが、次第に赤くなり小さくなっていった。それを見た老婆はニタニタ笑っている。


「男の方、あんたの背中は八の字のひっかき傷だらけなんじゃないかい? へっへ」


 ドキリとして肩甲骨あたりにできたひっかき傷が疼き、思わず摩りたくなったが何とか堪えた。

 食事が終わって家に戻ったら、真っ先に隙間という隙間に粘土を詰めてしまおう。あとはできる限り彼女の口を塞ごう。

 余計なことを考えてしまい、俺も思わず視線を泳がせてしまったが、咳払いをして誤魔化した。


「それはどうでもいです。無職の放浪者ですが、とりあえずの治癒魔法が使えるのでそれで生計を立てている旅の者です」


「本当かい……? 怪しいねぇ。普通の魔法も使える様子だがねぇ。どっかから逃げてきたんじゃないのかい?」


 にやついていた顔を戻し、疑り深く両眉を釣り上げている。


「そうですね。ま、現実から逃げてきたみたいなモンです」


 こういう世捨て人のふりをした人間が他人を家に上がらせるのは、本来は話したがりで久しぶりに話ができそうなのが来たので、何かを言いたくて仕方がないはずだ。

 こちらがべらべらしゃべると機嫌を損ねる上に、自分たちの素性がバレても困るので、彼女のしたそうな話に持って行こうと試みることにした。


「ところでおばさ……ツェツィーリアさんはブルゼイ族のお姫様とおっしゃってますがいったい何者なんですか?」


「私? 何度も言っているだろう?」


 うまく誘導ができたのか、両眼瞼がピクリと動き青い目が光を帯びた。


「ブルゼイ族のお姫様、ツェツィーリア・ブルゼイさ」


「ブルゼイ族は滅亡したって聞きましたけど」


 と尋ねると再びタバコを咥え、頬をこけさせるように吸い込んだ。


「あんたは馬鹿かい? 民籍表(ライテレジスタ)に目をこらせば、人が見えるのかい? そいつぁとんだ幻想だよ。

 戸籍は神が作ったもんでもなければ、生まれりゃ勝手に頭の中にできるでもない。そいつがいるって認めた役所が与えるもんさ。ブルゼイ族は確かに生きているさ。今もあんたの目の前でこうやってな」


 と抜け落ちて隙間だらけの歯並びと残った何本かの虫歯だらけで真っ黒になった歯をむき出しにして、にたっと笑った。


「やだねぇ、なんか思い出しちまったよ」というとテーブルに肘をついてタバコの灰をまたしてもボトリと落とした。


「五大工の一人、英雄ルスランは北風を追いかけて北に向かった。だが風は強すぎたんだ」


 椅子にもたれかかると遠い目をし始めた。



 ブルゼイ族は連盟政府に潰されるまでは単一の王族が支配し続けたために、かなり古い時代からの歴史がはっきりと残っている。それこそ神話の時代からだ。

 連盟政府でも語り継がれているその神話の中に出てくるとおり、ブルゼイ族は五大工の一人であるルスラン・ブルゼイが引き連れていた集団を始祖に持つ一族だ。


 ブルゼイ族の特徴は、真珠のように輝く白い肌と、砂漠の宝石とも言われるシトリンの目を持ち、雪の積もった氷河のような髪色が特徴だ。

 他の四人の大工と同様に現在のサント・プラントンのあたりを起源にしていて、広がっていったブルゼイ族は言い伝えられている通り、北風の始まる場所を追い求めて北へと向かった。


 なぜわざわざ寒いところを目指したのかと言えば、他の大工たちがみなあまりにも強欲だったため、愛想を尽かしたからだ。

 といえば聞こえはいいが、実際は彼らには暑すぎただけだ。気候が合わず体を壊す者が出てきたため次第に北側へと移っていった。

 そして最終的に北風の始点で住みつくことになったのだ。彼らはそこをビラ・ホラと呼び、一族の中心地とした。現在の位置はわからないらしい。

 そのビラ・ホラとはブルゼイの言葉で“白い山”を意味する。何が白かったのかはよくわからない。ただ何にも無い丘だったからそう呼んだだけなのかもしれない。

 何もないと言われるほどなだけあって、実際に資源には乏しく鉄ですら貴重な金属になってしまうようなところだったらしい。


 だが、それでもブルゼイ族は王朝として栄えることができたのは、彼らは強力な魔法が使うことができたからだ。

 今でこそ魔法は発展して便利な者だったが、それこそ五大工の時代では魔法自体は存在してはいたものの奇跡に毛が生えた程度だった。

 その時代に他よりも抜きん出て強力な魔法が使えたのは最大の強みであったために発展したのだ。


 しかし、ブルゼイ族全員が魔法を使えたわけでない。

 ブルゼイ族の特徴を顕著に示す者は特に強力な魔法が使えた。得意な属性は個人により異なるのが一般的だが、ブルゼイ族は統一して炎熱系が得意で強力に使えた。

 その反面、それしか使えない者がほとんどだった。


 国が発展すると人も増えてくる。そうなると自分の利益を追求し、特権を作り出そうとする者が出てくるのは歴史の必然だ。

 そうして国内で起こるのが差別だ。魔法を使えない、つまりブルゼイ族としてのと特徴が無い、もしくは薄い者は一族ではないと差別され始めたのだ。


 正統ブルゼイと下位ブルゼイに分けられて、正統ブルゼイは魔法血統を保護するために下位ブルゼイとの結婚は禁忌だった。

 さらにそれが厳しくされていたのはルスランの血を濃くひくブルゼイ王家であり、三等親以内での結婚が義務づけられ長年繰り返されることになった。

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