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逃避行 第十二話

「イズミさん、これって……」とアニエスは不安そうに脇から覗き込んできた。左手の甲を擦っている。


「そうだろうな。俺たちが商会に追われたのと同じかもしれない」


「ヤシマさんもですか……。お話には聞いてましたけど、どんな方なんですか?」


「俺や昔襲ってきた連中と同じ元勇者だよ。最近の世代の勇者で移動魔法が使えた。

 今はもう使えないけど、俺が貰った移動魔法用のマジックアイテムを渡してある。意外と実力はあるから、きっと無事だとは思うけど」


「ここも安心できないですかね?」と口を曲げた。


「いや、ここは大丈夫だと思う。手紙も俺たちより先に誰かに読まれた跡があるから、おそらく商会の連中が見たんだろう。

 読まれた後にも埃が積もってるから、それからも時間がかなり経ってるはず。

 それに村の様子もヤシマが手紙の中で書いていたほどに人が多い感じではないし、ここにはいないと悟って撤収してるはずだよ。

 それにあいつも気を回して手紙の内容に出てくる名前は全部消してくれてる」


 そして、ルカスの話では、商会は俺たちがユニオンに逃げ込んだと思っているはずだ。


「無事だといいですね」


 生活感がないほどに整然としている家に争った形跡はない。だが、ドアは開けられていて、テーブルの上の手紙には読まれた形跡がある。

 おそらくヤシマはどこかへ逃げている。ルカスがヤシマを気にかけていたことを以前伝えてあり、ティルナとカミュを送った時にルカスには会っているはずだ。

 逃亡先はラド・デル・マルで間違いないだろう。手紙の内容も塗るだけでは無く筆圧まで潰すように力を込めて潰されているからあいつの消息はたどれないはず。


「大丈夫だろう。あいつも弱くない」


 俺は手紙を封筒に入れて、埃を払ってポケットにしまった。


「なぁ、しばらくこの村で過ごさないか? 北東のエリアは誰もいないみたいだから、その辺の家を借りてこっそり暮らそう」


「そんなことしていいんですか?」


「大丈夫だよ。村長さんがいたら、旅の僧侶だって言って一時的に滞在したいから家を貸してくれ、その代わり滞在中はここで治療しますって言えば貸してくれるよ。

 村人はどうかわからないけど、村長さんは対外的な雰囲気みたいだし」


「なんだか悪いことしてますね……」


「何言ってんの。治癒魔法が使えるのはウソじゃないから大丈夫」


「ふふふ、そうでしたね。私の怪我を治したんですものね」



 治療院から出て行くと、俺たちの様子を見に来たのか若い男が一人ドアの側に居た。突然現れて治療院に忍び込んだので怪しまれてしまうのは当然だった。

 猫背で恨めしそうに見つめてきたので話しかけてみると、この村の村長だったのだ。地域を発展させろと言う指示を受けて中央から派遣されてきらしい。無理難題でやる気は無い様子だ。


 俺たちはヤシマの友人の僧侶で旅をしていてたまたまクライナ・シーニャトチカの近く通ったので彼に会いに来たと伝えたが、すぐには信じてもらえなかった。

 ヤシマ動向について簡単に話すと、信じ切ったわけではなさそうだが、友人だとは認めてくれた。

 彼がどうなったのか尋ねると、ヤシマとメリザンドの二人がいなくなった翌日に白い服を着た連中がどやどやと治療院に鍵を壊して押し入ったらしい。

 その翌日から村に訪れていた人が減っていったそうだ。急に人が流入したかと思うと同時に治療院が突然閉鎖され、さらにその直後から人の出入りが減ったことで村人たちは変化に、特に来訪者に対して敏感になっているそうだ。


 何日か滞在希望とその間の治療院の営業について相談すると、彼はしぶしぶだが了承してくれた。治療院営業の件は手続きが面倒なので、何か起きたときの責任は取らないが無断でやって構わないそうだ。

 ただ、村人たちは元来の排他的な性格な上にヤシマの一件で余計に神経質になっているので、村民を刺激しないためにできる限り目立たないようにして、寝泊まりは北東の無人のエリアのさらにはずれにある家を使ってほしいそうだ。

 加えて注意点もあるらしく、北東の無人エリアには攻撃的ではないが、変わった奴が住み着いているから気を付けろとも言われた。

 浮浪者自体はクライナ・シーニャトチカが田舎過ぎてもともと少ないのだが、これまでのも稀に空き家に住み着く者がしばしばいたらしい。

 しかし、その変人があまりにも偏屈者らしく、住み着き始めてから浮浪者がよりつかなくなったそうだ。

 その人自体も浮浪者だが、浮浪者除けにはなるので居住を黙認している。村長からも伝えてはおくが気を付けてほしいと念を押された。一体どれほど変わった人間なのだろうか。


 色々と条件はある様子だが、俺たちは村長の話には二つ返事で了承した。


 クライナ・シーニャトチカは俺もアニエスも訪れたことがなく、ここは連盟政府領のはずれであり、さらには北部からもだいぶ遠い。

 おそらく、ククーシュカの襲撃もしばらくはないだろう。あったとしても無人エリアであり、被害も最小限にとどめられる。


 雨風をしのげる場所ができたのだ。繰り返していた野宿からも解放されるので、アニエスも休ませることができる。

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