表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

474/1860

ヤシマの手紙

“■ミ■■と■ィ■■を、二人を■■・デ■・■■に送った日以降、村にやたらと人の出入りが多くなった。おれたちのいるクライナ・シーニャトチカは、治療を受けに来る近隣にいくつかある村の人や村周辺を移動しながら暮らしている部族、それ以外に遠いが一番近い大都市のストスリアの人間が稀にしか来ないような村だ。それこそ出入りは治療を受けに来た人間しかいないほど。


 村長は他所との往来が増えて盛んになることを喜んでいたが、大半の住民はそのよそ者をあまり歓迎していなかった。名産品もなければ観光名所もないようなここに、突然入ってきた人間のほとんどが商人らしいのだ。個人商人と名乗っていたが、ものを売ることは少なく何かといろいろと理由を付けて移動魔法を使える人間を探しているらしい。


 メリザンドの治療を受けに来た隣村の女の話では、少し前に隣村でも商人に限らず人の出入りがやたら多くなり、やはり移動魔法について聞いて回っていたらしい。


 それからしばらくして、その隣村に住んでいたかつて勇者として名を馳せていた男がある日突然おかしくなったそうだ。自分は狙われていると大声で騒ぎだし、深夜だろうが早朝だろうが家々のドアを叩いて回ったそうだ。早雪対策ができなくて物乞いをしているのだろうと誰も家には上げず、何日か続いた後にある日を境にピタリと止まった。その後、村に来ていた商人たちも次第に姿を消していったそうだ。■■■■は早雪のせいで飢えてどこかで凍死したのだろうという話でまとまったらしい。


 だが、おれはにわかにそれを信じられなかった。なぜならおれは■■■■を知っていたからだ。そいつは移動魔法が元から使えなかった。つまりおれたちよりも前の世代の勇者で、それゆえにか何事にも卑屈なまでに下準備を周到に行う男だった。


 当然早雪も何度か経験していてそれについてよく知っていたし、浮浪者として落ちぶれる数か月前に会った時には、収入は無くなったが残りで準備をしている、早雪明けは需要が高まるからそれさえ乗り切れさえすれば何とかなる、と酔っぱらいながら言っていた。もちろんその準備をおれは直接見たわけではないので嘘だったのかもしれない。


 しかし、様子がおかしくなったのはそいつだけじゃない。それ以外の元勇者たちとも連絡が取れないのだ。食用のカイコウオオソコエビの養殖をしていた奴は早雪でエビ事業が失敗して自殺したと噂で聞いた。エビ事業を始めてから早雪を何度も経験し乗り越えていたにもかかわらずだ。それに月やら霧星帯やらの健康水晶の販売をしていた奴はインチキだと言いがかり(じゃないのかもしれないが)商会系列の聞いたこともない団体に訴えられて行方不明になった。


 確かに誰も彼も胡散臭いことこの上ない連中ばかりだが、立て続けに元勇者たちに何かが起きている。おれも仮にでも元勇者だ。だが、今のところ異変はない。ユニオンへのタバコ・コーヒー買い付け事業以降、政府中枢から距離を取っていたおれは後回しにされたのだろうか。


 だが、連盟政府の仕業なのだろうか? 聞いた話の中で何かと話に出てくるのは商人たちばかりだ。最近、彼らは政府との関係がこれまでないほどに険悪になっている。噂だが、政府側が商会に対して不義理を働いたせいらしい。だから、その二組織が結託して元勇者を追い詰めているとは考えられない。政府はともかく、商会が元勇者に何かしているのは気のせいではないだろう。


 幸いにもおれは移動魔法を目立たないようにするため、ポータルは家の中だけで使うようにしていたのでこの村の人間に大っぴらになってはいない。何かの手が迫ってくる前におれたちは逃げることにする。メリザンドもこれから何か良くないことが起きそうな雰囲気を察しているようだ。


 彼女は昔からのおれの仲間であり、ヤバい事態を同じく嗅ぎつけたらしい。治療中の患者たちをすべて終わらせ、新規患者は受け付けず、長い修練の旅に出ると半ば強引な理由を付けて治療院を閉鎖しておれについていくと言ってくれた。


 子どもがまだいないのがせめてもの救いだったかもしれない。メリザンドには可哀そうな思いばかりさせている。あの二人を送った時に■■■が、困ったときはすぐに頼れと言ったので、当面は彼を頼ろうと思う。あそこなら商会も簡単には入れないはずだ。図々しい話だが、もしそこで根を下ろせたら正式に籍を入れたい。メリザンドの故郷であるこの村、クライナ・シーニャトチカには戻れるのだろうか……”



 と綴られ、そこから下の紙は乱暴にちぎられている。書いてある内容はもう終わりなのかと裏返すと、そこには質感の違う文字で、


“どこのどいつが読んでもいいようなことしか書かないが、最初にこれを読むのがおまえであってほしい。クソッタレ眼鏡フェチ野郎へ”


 と走り書きが足されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ