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逃避行 第十一話

 村が見えてからというもの、その道のりでは寒さをひどく強く感じた。

 知り合いもいるので少し根を張りたいという、目前の安堵が恋しくなり優位になった副交感神経のせいで足取りは重くなり、これまでのどの道のりよりも長く感じさせたのだ。


 枯れた薄茶色の平野に広がる隆起をいくつか越えて、其処彼処に枯れた草が生えて小石の散らばった整備されていない道を二時間ほど歩き続けるとその村にたどり着いた。

 東の砂漠が近いためか、気候は乾燥気味で幸いにも降雪は少なく道ははっきりとしていたので、ありがたいことにその最短距離でたどり着くことができた。


 一帯は背の低い木や草原で緑豊か――もちろん正常な気候なら――だが、それ以外に何の特徴もない。

 ヤシマの話では、若い人のほとんどはストスリアをはじめとした他所の大きな街に勉学や出稼ぎに行っているらしい。

 それでも村にある井戸は絶えず綺麗な水を出し続けているので人は集まり、限界集落では無いそうだ。

 しかし、住人たちも年老いた人ばかりで空き家になってしまった建物も少なくないようで、北西の方角から来た俺たちは村の北東側の建物がほとんど廃墟であり、そこが完全に無人地帯となっている事に気がついた。

 ヤシマとはこのような貧しい村で本当に治療院などできるのだろうか。少し疑問になってしまった。



 村の東にあると聞いていたヤシマの治療院へと向かう途中、村の中心を通り過ぎた。

 話しに聞いていた水源は本当のようで、犬や猫よけの柵に囲まれたやたらと立派な井戸には魔力で動かせるポンプのようなものが設置されていた。

 まだ上下水道は整備されていないのだろう。そのポンプには「丁寧に使いましょう!」や「あなただけの井戸ではありません!」や「レバーを長く倒してもたくさんでません! 壊れます!」や「よい子はここでおしっこをしない!」と言った注意書きがたくさん書かれており、板や何かで補修された跡があり、たくさんの人の生活感がにじみ出ている。

 小さな村はまだ一日が始まっていない様子で静まりかえっている。

 しかし、早雪の貧しい中での一日が始まろうとしているのか、飢餓感を蹴散らそうとするようなやたらスパイスが効いた香ばしいと言うよりもどぎつい食べ物の匂いはほんわりと立ちこめていた。



 村の外の丘の上から東側に見えていた背の高い建物が治療院だったようだ。

 そこの前には、土埃と蜘蛛の巣の張ったぼろぼろの看板があり、「ク■■ナ・■■ニャ■チ■村立 ■ル■■ガ■ト治■院」とかろうじて読める範囲ではそう書かれていた。

 正面入り口のドアは窓付きであり、そこから中をうかがえるかと思ったが、その小さな窓は光沢のある臙脂色カーテンが内側で波打ち、内部を覗うことはできなかった。

 まだ準備中なのかもしれないが開けてみようとドアノブを握り二、三度回してみたが、開くことは無くぴっちりと施錠されていた。夜も明けて時間が経っているにもかかわらず、営業はしていない様だ。

 冷たいドアノブに触れた手を見ると乾いた砂と埃で汚れている。何日もドアノブは握られていないその様子に、俺は違和感を覚えた。


「営業していないんですかね?」


 隣にいたアニエスがハンカチを渡しながらそう尋ねてきた。


「裏に回ってみよう。逃げ出した夜以降、ヤシマとは連絡取ってないから」



 治療院の裏手に回り木製のドアを叩いたが、返事がある気配がない。

 三回ほどノックすると、蝶番の軋む音がして暗闇に光が差し込み、家の中の様子が見えた。思わずアニエスと目を合わせ同時に頷くと杖を持ち、警戒しながらドアをそっと開けた。

 ドアから差し込んだ光が埃に反射している。窓は締め切られ、カーテンは外の光りを入り込ませないかのようにぴっちりと閉められ、数ヶ月の間密閉されて湿気とカビで重たくなった空気が立ちこめている。


「誰もいないのですか……?」


 北欧の模様のようで赤黒白の三色のオリエンタルな雰囲気のクロスがテーブルにはずれることなく敷かれ、その下には椅子が四つピタリと仕舞われ、長いこと使われていないのか火の消えた暖炉の焦げた石の上には灰が全く残っていない。

 家の中には家具も何もかも残されており、争いや破壊の形跡は一切無いない。まるでヤシマと彼女が長期の外出を想定して、念入りに片付けをした後に出て行ったきり時間が止まっているかのようだ。


 アニエスがテーブルをなぞると、その動きに合わせて椅子に張ったできたばかりの蜘蛛の巣がふわりと靡く。

 一筋の埃の線を残した彼女の指先に焦点を合わせると、粉っぽく灰色になった指の先にあるテーブルの角に封筒が置いてあるのを見つけた。


 同じく気がついたのか、アニエスが「イズミさん、あれ」と裾をひっぱてきた。

 よく見ればその封筒の置かれているあたりは、以前誰かがそれを触ったのか埃の積もり方が違う。誰かが埃につけた指痕の上にさらに埃が積もっているようだった。

 封筒を持ち上げて埃を払い裏返すと、俺たちが見つける以前に誰かが読んでいたのか封蝋が崩されている。


 開けて中身を確認すると、日記の一ページを切り取って、それを封筒に入れたようなものだった。二つ折りにされたそれを開き全体を見渡すと、ところどころぐしゃぐしゃと黒く塗りつぶされている。

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