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逃避行 第七話

「アニエス! 大丈夫か?」


「焚火が弾けましたが、内側で木が破裂したような感じではないです」


「何が起きたんだ?」


 何かの予感に備えてアニエスに強化魔法と防御魔法をかけた。

 とき同じくして腰かけていた倒木の一部がはじけ飛んだ。そちらに目をやると、バラバラと飛び散る木の中に何かが光っている。


「銃です!」


 すぐにそれが銃弾であることに気がついたアニエスはすぐさま頭を伏せ、合わせるように俺も姿勢を低くし、二人で腹ばいのまま移動して倒木の陰に隠れた。


「ということは北公か?」


「かもしれませんね。私は脱走兵。あなたは脱走と脱走幇助と脱走兵と逃亡。追いかけられていてもおかしくないです」


 再びパンと音がすると焚火の中心に命中して、燃えていた薪立ちをすべてまき散らした。火の付いた木は飛び散り深い雪の中へと落ちていくと、そこについていた火を次々と消していった。

 細く煙を上げ紅く燻っていた薪たちが完全に鎮火すると、辺りは深い暗闇に飲み込まれた。


「あと一枚で脱走ロイヤルストレートフラッシュだな」


「私が飛んできた方向に行きましょうか?」


「あの魔法を使う気だろ? ダメだ。あれを使う君は疲れ切っちゃうからな。逃げることも考えるとそれはまずい」


「じゃあ、どうしますか?」


「少し様子を見守ろう」


 しばらく様子をうかがっていたが、真っ暗な森の中は静まりかえり木々の葉が風によりこすれ合う音だけが空気を震わせた。

 もし、軍隊で動いているならヘルツシュプリングのように数で押し、銃弾であっという間にハチの巣にされるか、四方を取り囲み投降を呼びかけてくるかもしれない。

 だが飛んできた銃弾は焚火への一発、倒木への一発と火を消した一発の計三発だけだ。

 使用されているのは魔力雷管式銃であることに間違いない。遠距離から撃っているなら発砲音が木々に反響してより立体的な音が響くはずだ。

 しかし、焚火の弾ける音、被弾した倒木の破裂音しかしなかったということは、比較的近距離で撃ってきていると考えられる。

 低い姿勢で赤い目を光らせているアニエスの腕を軽く叩くと、彼女は杖をきゅっと強く握りしめながらこちらを向いた。


「アニエス、おそらく銃撃は北公の連中じゃない。戦況はわからないけど、まさかここまで南下しているとは思えない。

 俺たちは北公と連盟政府を跨いで、しかも自治領を無断で転々としてる。追ってくる連中はたくさん考えられるけど、共和国は関係が無いし、銃を持ってるのは北公だけのはずだよ」


「じゃあ、持っているかもしれないって考えられるのは……ククーシュカちゃんですか?」


「たぶんそうだ。ククーシュカは基地に現れて、そのときに死体から拾い上げた銃を使っていた。そのまま持ち出したのかもしれない。

 あの子も一緒に共和国に行っただろ? あのときに銃の強さは見ていたはずだ。それにあの子のコートは何でも入れられる。山ほど銃や弾薬を持ち出していてもおかしくない」


 パキリと枝を踏む音がすぐ近くで聞こえ、咄嗟にアニエスの口を塞いだ。そして、反対の手の人差し指を口元で立て、声を出させないようにした。


 それから次第に足音は近づいてきた。

 重そうなブーツがサクサクと雪を踏みしめる音、そして時々小枝を踏んでいるようなパキリとした音。

 音を隠そうとはせず堂々と近づいてきているようだ。数は一人だけ。これは間違いない。ククーシュカだ。


 彼女であるなら俺は狙わないはず。

 ならばと思い、意を決して立ち上がり、そちらの方を向いた。


「銃って難しいわね」


 そこにはバットを肘の内側に、そして反対の手を砲身に添えて斜めに銃を持つ赤黒いコートの女が立っていた。思った通り、ククーシュカだったのだ。


「何十発か練習したけど、なかなか思うようには飛んでくれない。それに真っ暗だと何にも見えないわね。でも、私が猛禽類ならあるいは」


 突然現れた俺にククーシュカは驚くそぶりすら見せない。右手の人差し指は引き金から離され、まだ微かに煙の立つ砲身を抱えるように下を向けている。


「おかげで当たらなかったよ」と腰から杖を取り上げた。


「ひどい言い方。でも、あなたに当たらなくて良かった」


 倒木の陰でアニエスが首を左右に振りながら、引き下がれとズボンの裾を引っ張ってくる。


「そうだな。足を撃たれて動けなくなったら旅なんかできないもんな」


「そうね。これまでの旅で考えを改める気にはならなかった? そこで隠れている赤い女はお荷物だって、思わなかった?」


「旅に荷物は必要だよ。大事な大事な、俺にはかけがえのない者だ。それどころか、俺の方が彼女にとってお荷物だろうね」


 杖をゆっくりと前方へと掲げた。だが、直接向けることはせず先端を斜め上にした。右足を前に出し、すぐさま防御にも転じられるように構えた。

 ククーシュカは目を大きく開くと、鼻から白い湯気をあげている。「そう」と目をつぶりながら銃の上部のレバーを引くと、薬莢が砲身から飛んだ。まだ熱いそれは雪の上に落ちてじゅっと音を立てた。


「大事にするにはそれなりに理由が必要。私があなたを追いかけるのは、あなたが私を導いてくれるから。光の当たるところまで連れて行ってくれる。それさえあれば生きている意味がある。

 生まれて初めて戦って死ぬことに嫌悪を抱いた。いえ、生きていたいとさえ思った。だから、あなたが荷物になったとしても私には必要」


 そういいながらとコートの中に手を入れて人差し指ほどの大きさの弾丸を一発取り出し、


「じゃあ、あなたがその女を大事に思う理由は何? それと反対に、あなたが荷物ならその女にとってあなたを大事にする理由は何?」


 とそれを器用な動きで銃へと込めながら問うてきた。


「誰かを大事にすることに、いちいち理由なんて必要か?」

「言えないのね」


 ククーシュカは、これまで並べてきた言葉のどれよりもはっきりとした、そして大きな声で遮るようにそう言うと、銃のバットと砲身を両手で包むように持った。


「都合よく体を弄べる女だからってハッキリ言えないのかしら。それともそれを愛情だとか言い換えることさえも恥ずかしいのかしら」


 耳の奥に響いたその言葉は頭の中を何度も反響した。その言葉の意味をはっきりと理解する前に、目眩と吐き気がこみ上げてきたのだ。

 俺はもしかしたらアニエスを付き合わせているのではなく、いや、付き合わせているだけでなく、ただ弄んでいるだけだったのではないだろうか。


「その程度の、弄ぶために大事にしている理由が愛情なら、私でも替えが効く。

 都合よく弄ばれるのがイヤだと拒否することは、私は絶対にしない。弄ばれることへの見返りも求めない。好きな時に好きなだけ好きにしていい。それが愛情と言うのなら」

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