表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

468/1860

逃避行 第六話

「連絡が遅くなりました。申し訳ございません」


「なんだ。君か。私のホットラインにダイレクトに繋いだのは少々驚いたぞ。鳴るとだいたい悪い知らせが来るのでな」


「驚かせて申し訳ありません」


「構わん。謝ってばかりでは無いか。それにしても、だいぶくたびれた声をしている。音沙汰が無いからどうしたのかと思っていたが、色々とあった様子だな。生きているようで何よりだ」


「……すいません」



 連日の悪天候で湿気ていた倒木集め、魔法で無理矢理燃やしたので焚火はやたらと煙が上がったが、

 火に曝されるうちにしっとりと重たくなっていた木たちは乾燥してきたので次第に煙の量は減っていった。

 安定した火の前で座り込みながら番をするアニエスは、土や埃で汚れた顔をオレンジ色に染めている。

 照らし出されて揺れる頬は以前よりも影が深く入っているように見える。それに瞼も重たそうにして眠たそうだ。

 ノルデンヴィズを出てからはほとんど徒歩での移動であり、街や宿にたどり着けなかった日はこうして焚火をたいて野宿をすることが続いていた。さすがにくたびれているのだろう。

 俺は焚火から少し離れたところでキューディラを使い、ルカスに連絡を入れていた。投げ出すならせめて後腐れなく、それに世話にもなったユニオンには任務の報告を行うことにしたのだ。


「少々厄介なことになっていました。ですが、報告だけはしておきます」


「……そうか。離反軍はどうかね?」


「カルルさんにはすぐに会えました。彼は北公……第二スヴェリア公民連邦国を作るつもりのようです。

 名前から分かる通り、スヴェンニーたちが中心に添えられています。スヴェンニーの戦士たちに追いかけ回されました。例のビョルトゥンとか言うのです」


 衣擦れの音の音の後に「なんと!」と驚きの声がした。


「だが、まあこういう時代だ。分裂分離はもう当たり前、これからも各地で起きると思った方がいいだろう。貴重な情報だな」


「ティルナが拘束されていたヴィトー金融協会の職員を奪還したのはご存じですか?」


「ああ、知っているとも。だが、知っているだけだ。あくまで金融協会での立場でティルナが行ったという報告だけを受けている。それについてカルルは何も言ってこない。

 ……金融協会の連中のユニオンへの出入りは盛んにはなったがな。他はあるか?」


「トバイアス・ザカライア商会のある商人と居合わせました。

 その商人は個人で動いていると言っていましたが、商会保安部のヴァーリの使徒がすでに北公に数人入り込んでいます。

 おそらく、ズブズブでしょう」


「なるほど、後ろ盾か。

 北公の分離独立、それも我々よりも遙かに武力が占める割合が大きい独立だ。商会などの後ろ盾無くしては成り立たないか」


 ルカスはうーむと鼻を鳴らしている。口を開けるような音がすると、


「ところでイズミ君、その商会からカルデロンに連絡があった。

 君が債務不履行の末に()()()()()()()していると連絡があり、債務履行責任放棄者の引き渡しの要求がされた。受け入れられない場合、商会の監査部門が強制捜査に入ると連絡が来ているのだが?」


 と尋ねてきた。


 それを聞いてぷすっと空気が抜けるように肩が下がってしまった。商会の商人たち、もちろんレアも俺たちの行方はユニオンにあると思っているようだ。

 うまく撒けたようだ。追っ手が一つ減っただけでだいぶ気が楽になる。


「どうされますか? 好きにしてください。俺が商会の商人であるレア・ベッテルハイムに借金しているのは事実です。ユニオンにも戻るつもりありません。もう、どうでもいいんです……」


 ルカスはしばし黙った。キューディラ越しでは彼の顔が見えない。放棄したことに怒っているのだろうか。だが、ん、と口を鳴らすと普段と変わらない声色で話を始めた。


「ユニオンの英雄が借金とな。まぁ誰しも人間だ。生きるなら金はつきもの。しかし、相手が誰であれ、借金の踏み倒しはいかんぞ。

 だが、今レアと言ったな。その連絡をよこしてきた商人もレアとか言っていたな。肩代わりしてやろうか?」


「いえ、結構です。おそらく、レアは受け取らないと思いますよ」


 ルカスは何かを考えていたのか、「……うむ、なるほど、わかったぞ」とまたしても無言になった後にそう言った。


「しばらく好きにしたまえ。君のことは、現時点で有効な取り決めも条約もないので具体的な返答は控える、とだけ伝えておこう。

 強制捜査など入れるわけにはいかない。これまでも何度か似たようなことはあったが、入らせたことは一度もない。海だけでなく上空の利権までとられたくはないのだろう。ほとぼりが冷めたら顔を出せ」


「冷めても顔を出さないかもしれませんよ? それどころか、寛容な事言っておいて捕まえたりするんじゃないですか?」


「時勢が変わるとしたら何とも言えない。だが、君を手放すようなことはしばらくない。

 人柄云々ではなく、移動魔法を道具なしで使える人材だ。みすみす手放すわけにはいかない。

 些か我々も共和国も君を酷使してきたからな。長めの休みも必要だろう。旅でもして移動魔法での行動圏を広げるのもいいだろう。君こそ商会に寝返るのではないぞ」


 アニエスのいる焚火の方で何かがはじける音がした。

 その音は鋼を打つように大きく、燃えている薪が火の中で破裂した程度の物ではなさそうだ。振り返ると三十センチほどの燃えた木の塊が焚火から離れて燃えていた。

 アニエスも立ち上がり、杖を構えて辺りを警戒している。何かが飛んできた様子だ。


「ルカスさん、申し訳ないです。忙しくなりました。では」とルカスの返事を聞かずにアニエスのもとに向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ