僕たちの失敗 第十一話
楽器だろうか、チェロのように大きな弦楽器の残骸がある。
演奏を聴いたことはないが、ダリダは弦楽器が弾けたと聞いたことがある。
熱に焦れた四本の弦はゼンマイのように丸まり、焦げてひびの入ったペグは黒くただの炭になり、かろうじて形を残している程度だ。
足下に落ちていたそれを持ち上げようとネックに手をかけて力を込めようとしたが、触れただけでさらさらと崩れ煙を靡かせるほどの風もないのに消えていってしまった。
村の様子を見に来た男がいなくなってから二時間ほど経っただろうか、アニエスは何かを探す様に家のがれきをどかし続けている。
立て続けの戦闘で何度も魔法を使い、そして走り続けたせいで疲れ切っているはずなのに、煤だらけになりながら一度も手を止める様子が全くない。
小洒落た内装の店舗があったところ、その奥に繋がる家の入り口、狭い調理場の大きな焼き釜、窓付きの黒い薪ストーブのあるダイニング……。
客室も彼女の部屋も両親の部屋も二階にあったので、すべてが崩れ去った今ではその面影はもうどこにもない。
建物が焼失すると空が広く見える。同じところだと思うのがまるで間違っているのはわかるが、当たり前だった物がなくなる喪失感は計り知れない。
広く見える灰色の空から再び小さな雪が散り始めていた。天気は先ほどよりも悪くなり、空を見上げると昼前だというのに薄暗く、気温もだいぶ下がり始めているようだ。
北に位置するブルンベイクの冷え込みは刺すようで、ノルデンヴィズよりも身にしみる。露出した頬や鼻頭がヒリヒリとしてきた。このまま冷え込めばまたすぐに雪が積もってしまうだろう。
それでも彼女は探すのをやめようとしなかった。
その中で何かを見つけたのか、消し炭を漁る手が止まった。アニエスがダイニングのあたりで四つん這いになったまま止まったのだ。
そこに落ちていた金属の箱を持ち上げている。運良く焼け残ったようだが、真っ黒でところどころ変形している。
アニエスは泥と煤が皺に真っ黒に詰まり、あかぎれを起こしていそうな手でそれについた汚れを落とすと、蓋と箱の隙間に爪を立て開けようとしている。
慌てているのか、手は大きく震えていて、下手をすると爪が割れたり、手が切れてしまったりしてしまうのではないかと思うような危なっかしい手つきだった。
つい見ていられずに彼女の傍に駆け寄りそっと手を伸ばすと、まるで触ってほしくないかのように体をのけぞらせて箱を俺から思い切り引き離した。
鼻は赤くなり、濡れた煤のついた手でときどき拭ったせいで真っ黒になった頬をしている。涙をためた目でぎろりとにらみつけると再び力を籠め始めた。
変形した金属の箱は突然ぱかっと開き、勢いに驚いた彼女は思わず落としてしまいしりもちをついた。
箱が蓋とはずれると内側が露わになった。内壁に施されているビロード生地は燃え残ったようだが、熱にさらされたせいなのかちりちりになっている。
腰を抜かした彼女はすがるように慌ててその箱を手に取って中を見た。しかし、その中身は空だった。
「……ない」
そう言うと箱を握りしめた。ぽつぽつと焼けたビロードに涙をこぼすと、その場でゆっくり縮こまってしまった。
「なぁ……、一体何がないんだ?」と尋ねた。
自ら馬鹿げていると思うほどの、あまりにも愚問だ。少なくとももうここには何もない。彼女が大切に思う物どころか、火事場の焼け残りで意味のある金目の物すらない。
彼女は問いかけに対して何一つ答えることはなく、さらに何かを探し始めたのだ。
次第にその動きは大きくなり、まるで犬が埋めた物をほじくり返す様に乱暴になっていった。目に映ったもの、手に触れたものをとりあえず後ろに放り投げている。
意味がある物を見いだせないことを理解するのを拒むように四つん這いになりがしゃがしゃ音を立てているその姿は、探しているというよりももはやただ荒らしているようにしか見えなかった。
雪の上に焦げた木や食器が散らばっている。割れたガラスも混じっている。手が傷ついてしまう。
彼女を止めるために歩み寄ろうとしたが、近づくにつれ飛んでくるものは増えてしまい、手が届くほどの距離まで近づくことができなかった。
まるで近づいてほしくないかのようだ。怪我をしていたら後で治癒魔法をかけよう。意味のある物を失ってしまったということに体が追いついてくるまで、今は彼女のしたいことをさせ続けるしかないのだ。
俺にはそれを最後まで見届けることしかできない。思い上がりかもしれないが、彼女が理解して動けなくなったときに側に居られるのは俺だけなのではないだろうか。
静かに舞い散る雪の中で、震える小さな背中を見守り続けた。