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僕たちの失敗 第九話

 焦げたような光沢のある柱の側で組まれた黒い石の塊は、元々は家の壁だったのだろう。

 見渡す視界に広がる物は、不規則に崩れた家々の上に広がる見通しが良くなった空も含めてすべてがモノクロになっている。

 その中を所々で細い煙が天へと上り、白とも灰色とも言える空と同化して消えていく。

 俺は確かにブルンベイクのいつも場所、村の中心にあるやや広めの場所にポータルを開いたはずだ。小さな村にしては人口が多く密度が高いので、普段ならそこは人通りがあり活気に満ちていた。

 だが、どこを見回しても人の気配は全くない。見慣れていたいつものブルンベイクではなくなっていたのだ。


 目の前にある建物のドア枠跡に近づいて中をのぞくと、金属の家具は熱で歪んで壊れており、食器は煤だらけで地面に落ちて割れ、ところどころに緑や赤が残っている黒くなった本が散らばっている。

 足下に落ちている本の残骸を持ち上げると、雪解け水で湿った肌触りのその灰の固まりは脆く、手の中でぐずぐずと崩れ持ち上げることもできなかった。

 どうやら村全体が火災に遭ったようだ。


「これ、いったい……」


 手にまとわりついた濡れた煤を払おうとしていると、アニエスが口を押さえて震え始めた。そして、燃えた木の柱や今にも崩れそうな建物の跡に向かって突然走り始めてしまった。


「おい! 待て! 危ないって!」


 道に向かってせり出すように傾き、少しの衝撃でいつ倒れてしまうかわからないような不安定な黒い柱や壁の間を潜り抜けるように走っていく彼女を追いかけた。

 災害が起きると建物や看板など目印にしていた物がなくなり、自分の住み慣れていたところであっても大きく様相を変えてしまうので迷子になりそうだというのに、彼女はまるで目的地から糸で引かれるように止まること無く進んでいった。

 前を走っていた足音は次第に俺を引き離していき、アニエスが角を曲がるとついに聞こえなくなってしまった。

 見失う前に追いつかなければと慌てて瓦礫と煤で出来た角を曲がると、すぐそばの焼け跡の前で立ち止まっていた。


「危ないじゃないか」


 追いついて声をかけても何も答えることは無く、無表情のアニエスは瞳孔だけをときどき左右に動かして焼け跡を見つめている。

 そして、しばらく燃えた跡を黙っていたかと思うと、両手で顔を押さえへたり込んでしまった。彼女に駆け寄り、肩を支えようとした。そのときにふと見た燃えた跡を見ると看板か何かの一部が燃え残っていたのだ。


“……フ……キーベーカ……”


 辛うじて読めた文字はそれだけだったが、それが何を意味しているのかはすぐに分かった。

 ここはアニエスの実家のパン屋だったのだ。


 燃え方は他とは違いかなりの高温で焼かれたのだろう。家の形はそこにあったのか疑わしいほどに何もなくなっている。

 パン焼き窯のレンガは砕けて崩れ去り、あの薪ストーブは熱で溶けた後、寒さの中で歪に冷え固まり、そこから伸びた煙突の金属は変形して倒れて周りの壁にげんなりともたれかかっている。

 屈み込んでアニエスの肩に両手を置いて包み込むようにしてゆすった。すると、力なく体を預けてきたので全身で受け止めた。

 腕の中にいる彼女は震えを抑えることができない様子で、手で顔を押さえたまま首を左右に振っている。


「おい! おまえら!」


 呼ぶ声がしたので杖に手をかけそちらへ振り向くと、顔も服も煤だらけで真っ黒くなった男が立っていた。


「まだ人がいたのか! 誰だ? おまえら!」と駆け寄ってきた。


 その男は頬も額も煤だらけで遠くからでは見分けが付かなかったが、以前バイトをしていたときに見たことのある顔だった。

 すぐそばまで来ると立ち止まり、「お前、懐かしい顔だな? それに……、お嬢! 生きてたのか!」と僅かばかりに歓喜の混じった声を上げた。


 アニエスは男が来ると顔を上げた。その男は、涙が浮かび今にも泣き出してしまいそうな顔をしているアニエスと目が合うと、生存していたことを喜んでいるかのように驚いたようにほころんだ。

 だがすぐさま真顔になり、「火事は一応収まったが、脆くなった古い家が崩れるかもしれない。危ないから早く離れたほうがいい」と辺りを見回した。


「待て。何があった?」


「知らないのか?」


 尋ねると男は怪訝な顔になったが、表情を曇らせた。


「俺はユニオ……遠出をしていて北部には居なかった。だが、昨日の夕方には前線基地にいた。そこで従軍していたアニエスと会ったんだ」


「昨日の夜にはカルル閣下にキューディラでこの件の連絡が行ってるはずだが?」


「昨日の夜は……色々あったんだ。基地にブルゼイ族の生き残りが襲撃をかけてきたり、商人が来たりで、俺たち二人はとにかく落ち着いた状況では無かった。

 その最中にまた別の組織からも襲撃があって、とりあえずブルンベイクに逃げてきたんだ」


 前線基地から脱走してきたとは言えずに誤魔化した。男は話を端折り過ぎているのを怪しむように片眉をあげている。


「……お前はともかくお嬢についてはわかった。村が襲撃されたんだ」


「誰にだ?」


「それがわからねぇんだ。わかったらとっ捕まえてる」


「わかる範囲でいい。詳しく話せ」

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