僕たちの失敗 第七話
「な、なんですかそれは!?」
「説明している暇はない! 痛いか!? 戦えるか?」
「右手が、あ、熱いです。な、なんとか……」
冷やそうとして足下の雪を適当な量持ち上げて押し当てた。突然冷やされた温度差に痛みを覚えて歯を食いしばり苦悶の表情を浮かべている。
「全然じゃないか。君はさっきの戦いで疲労している! 何倍も早く動いたんだからな」
「なんで知ってるんですか?」
冷やしていた雪を払うと杖を持ち直した。
「今はどうでもいい! どうやって逃げるかを考えろ! それからさっきも使った早く動く魔法は禁止だ! いいな!?」
横目で背後のアニエスに凄むと、彼女は痛そうな顔のままうんうんと素早く頷いた。
そうこうしているうちに取り囲む輪の隙間が小さくなり、ついに檻のようになってしまった。その中の一人、明らかに他の使徒とは違う腕章に金の線が三本入った一人が、
「シグルズ指令、遂行しろ! 不均天秤紋部隊、総員ポータル開け! 移動魔法を封じろ!」と黒い杖を左手で天に掲げた。
その指示に従うように他のヴァーリの使徒たちはポータルを自らの背後に展開した。展開されたそれらは円形に取り囲むように隙間なく開かれた。
近距離使用でのポータル混線を利用し、こちらが開こうとしているポータルの行き先を取り囲むどれかにつなげることで逃げ出す手段を封じているのだ。
「逃げられない! とにかく戦うしかない」
いつぞや使った黒いあの球を作り出し、目に映ったポータルに向かって投げ飛ばした。
闇雲に放り込んだので、それがどこから出てくるかわからない。だが、わからないのは使徒たちも同じはずだ。
すぐさま防御魔法を展開し、「目を閉じろ!」と言うと構えていたアニエスの耳をふさいで覆い被さると、強烈な音と光が発生したのを防御魔法越しに背中でびりびりと感じた。
衝撃が収まるのを瞼越しに感じ、目を開けると使徒の数名を気絶させることができた。
だが、威嚇のため騒音と閃光に特化させたそれはまやかしでしかなく威力は皆無で気を失わせる程度しか持たない。
数人が気絶しているその間に逃げ切れるかどうかだ。これでポータルがどれか閉じるのではないかと目論んだが、不運なことにどこも消えることはなかったのだ。
どうやら所持しているマジックアイテムを連動させてポータルを開いている様で、使用者が一人二人気絶したところで簡単に閉じることは無いようだ。
残りの使徒たちは気絶した同僚に構うことなく体勢を整えると杖を掲げ、そして何重にも編み込まれた魔法陣を形成し始めた。
「私が止めます」と険しい表情のアニエスが杖を右手で握ったが、火傷のすさまじい痛みが走ったようで杖を落としてしまった。疲れ切っているはずの彼女をこれ以上酷使するわけにはいかない。
だがすぐにでも強烈な魔法が飛んでくる。俺は強化魔法防御を二重に展開した。付け焼刃でどれほど持ちこたえられるか。
追い打ちをかけるように、背後で先ほどの黒い球の魔法で気絶していた使徒たちが起き上がり、同じように魔法を唱え始めてしまった。
思ったよりも回復が早い!
だがアニエスが跪いたまま痛みに声を上げ、杖を持ち上げると魔法を唱え始めたのだ。彼女も追うように魔法を起動させ、使徒たちの放つ威力と同じ規模で押し返している。
無理はさせたくないが、無理をしてもらうことにした。だが、いつまでもどうすればいいか考えている暇はないようだ。
やはり大人数が相手ともなるとその威力は結集し力強くなり、展開していた防御魔法は一段階突破されてしまった。さらに残りの防御も貫通しそうになっている。
アニエスも限界が近いのか、強い魔法に押され気味なってしまっているようで背中に当たる彼女の背中がぐいぐいと押す力を強めてきている。
押されているのは俺だけではない。アニエスもそのようだ。やがて痛みに耐えながら悲鳴を上げながら魔法を唱え続けるアニエスが限界を迎えついに押し負けてしまいそうになった。
しかし、その時だ。取り囲むように開かれていたポータルの一角が突如閉じたのだ!
そこしか出口はない。飛び込むしかない。だが飛び交う強烈な魔法と閃光の中をどうやってそこまでたどり着くか、それさえも大変だ。
ふとフロイデンベルク・アカデミアでクロエがしていた方法を思い出した。
うまくいくか否かなど悩んでいる暇はないと、魔法防御を急に反転魔法に変換しアニエスが攻撃を抑えている使徒たちの方へと向けた。
すると視界が白く飛ぶほどの閃光と鼓膜が痛くなり聞き取れなくなるほどの爆音がしてすべての魔法が飛び散った。
どういう理屈かは知らないが、反転魔法に切り替えた瞬間、防御魔法でため込んでいた魔法までもを跳ね返したようだ。
縦横無尽に飛び散る火の粉は開かれたままの混線したポータルに入り込み、右に左に予想できないような動きで舞い飛び散り、辺り一面が光りに包まれて白くなっている。
その隙に跪くアニエスを引き起こし、ポータルの途切れた隙間へと向かって駆け出した。
凄まじい爆風が吹き荒れ、その使途たちの一人の顔を覆う布がひらりとめくれた。その刹那、俺は使徒の中にレアがいたことに気が付いた。
舞い散る火の粉と灰の混じる爆炎に照らされた顔の隆起は目鼻に影を長く作りだし、ぴったりと合ったその瞳は影の中で光り睨みつけるようにこちらを見ている。
まるで逃がさないとでも伝える様な視線をこちらに向けていた。
君はやはり商人であることを選んだのだ。さらば、かつての友よ。
首を前に向け、振り向くことなく隙間の先に広がる暗闇へと駆けていった。