僕たちの失敗 第六話
熱く燃え溶けているかのように倒れていくテントの合間に立ち、駆けつけた兵士たちを次々になぎ倒していく黒い女性の姿が、熱で揺らめく空気と火の粉の中でゆらゆらと見える。
燃え上がる炎の中で際立つ赤黒いコートと青白く照り返す髪をたなびかせている女性はククーシュカだ。
彼女が前線基地まで俺たちを追ってきたのだ。襲い来る幾人もの兵士をものともせずにこちらへ向かってきている。
悪霊に放たれたかの如く飛ぶ三叉戟は二人ほど貫通して柱に刺さり、刺された兵士は痛みにもがきながら必死で引き抜こうと断末魔をあげている。
近づいてきた兵士をその場の兵士の死体から拾い上げた銃で頭部を打ち抜けば、首から上がはじけ飛んだ兵士は膝から崩れ落ちていく。
舞い踊るように振るわれる短剣の切っ先は燃え盛る炎でギラギラと光り、頸部や腹部を切り裂くと火を消してしまうのではないかと思うほどの血しぶきが舞う。
機関銃とアニエスの方へと振り向くと、放たれる銃弾は止んでいたが、その中でヘルツシュプリングは何かを怒鳴り散らしているのが見えた。
走り抜けていく兵士を一人捕まえると胸ぐらをつかみ、俺たちを指さして何かをわめき散らしている。爆発音と集まってきた兵士たちの声や音で何も聞こえないが、まだ俺たちを捕まえる気でいるようだ。
しかし、その兵士はクイーバウスの軍服は着ておらず、首を左右に振るとヘルツシュプリングを振り払い、俺たちには見向きもせず燃え上がる火の方へと走って向かっていった。
「馬を出して!」
突然、馬のすぐ横にいたアニエスは叫ぶと、尾花栗毛の尻を叩いたのだ。
驚いたように嘶くと走り出してしまった馬の上から、君は、と問いかけると、彼女は「私は後から追いかけます!」と大声を上げた。
強く赤く燃え上がり辺りを煌々と照らす炎は、焦りいきり立つ彼女の顔の陰影を浮き彫りにしている。急なことだったが、俺は迷いなく前を向き、振り落とされるまいと慌てて手綱を握った。彼女なら切り抜けられると確信しているのだ。
だが、馬の操り方はなんとなくとしかわからない。右に引けば右に、左に引けば左に、両方引けば止まる、だったはずだ。
馬を操りぐるりとターンさせると、前方にも兵士たちが立ちふさがるように出てきた。全員が揃って銃を構えている。しかし、尾花栗毛に止める指示を出さずにそこへ突っ込んだ。
馬の重心は乗る人間の座骨の真下あたりだと聞いたことがあるので、鐙に体重を乗せて鞍から尻を浮かせて前傾姿勢になった。人の不安は体を接している馬に伝わる。
馬の指示はしっかりやらなければ馬も不安になってしまう。賢い尾花栗毛は重心を前に傾けた俺の動きを理解したのか、ぐんとスピードを上げた。
思った通り目の前にいた兵士たちは目には追えない何かに弾かれると倒れ、道が開けたので突入し、とにかく必死になり、さらに前かがみになり速度を上げた。
すぐさまに基地を抜けると、前方に切り抜け追い越したアニエスの姿が見えこちらを向いていたので、一度馬の速度を落とし左手を伸ばした。
力いっぱい手を伸ばし、このままいけば手が届く。あと一メートル!
しかし、彼女の手が何かに弾かれてしまった!
馬を止めなければと思い慌てて左右の手綱を引いた。勢い余った馬はすぐに止まることができず五メートルほど通り過ぎ、後ろに倒れてしまうのでは無いかと思うほど大きく前足を上げて止まった。振り返るとアニエスが右腕を押さえて苦悶の表情を浮かべている。
俺はすぐさま馬から飛び降りて痛みに震える彼女の傍へと駆け寄った。
「大丈夫か! 見せろ!」
「少し、痛いです。くっ」
手で覆い隠そうとしているアニエスの手をぐっと引っ張り、のぞき込むと手の甲は赤く焼けただれてしまっている。歯を食いしばる彼女は額に脂汗が浮かび、痛みは少しどころではなさそうだ。これくらいなら、と回復魔法を唱えようとした。
「イズミさん、マズいです!」
アニエスの声につつかれ慌てて周りを見回すと、カルルの兵士たちには見られない統一された白い服を着た人間に取り囲まれていた。基地の敷地内から出られたので、油断し彼女に気を取られ過ぎてしまっていたのだ。
白い服にはトバイアス・ザカライア商会の紋章であるジズの絵が描かれた腕章が付いていて、顔はベールで覆われている。これは以前フロイデンベルク・アカデミアで遭遇したヴァーリの使徒だ。
しかし、前回のように武器がバラバラではなく、全員が統一して杖を持っている。さらにジズの紋章の下に水平ではない天秤の紋章がついている。
漂う雰囲気はアカデミアで襲撃をかけてきた連中とは比較にならないほど強烈で、ベールから覗く物が目だけというその出で立ちが一層不気味さと強者である印象を強めていた。ヴァーリの使徒の中でも精鋭に違いない。
「アニエス、これは兵士じゃない! 商会のヴァーリの使徒だ!」
周囲を見回すようになるとアニエスと背中合わせになってしまった。