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僕たちの失敗 第五話

 ものの三分だ。

 なかなか逃げ出すタイミングを掴めぬまま、アニエスにとっては長期戦になりつつあった。

 そのたった三分の間に彼女はどれだけ動き続けているのだろうか。魔法そのもの負担と何倍もの仕事量での疲労も大きいはずだ。

 サモセクで刺されたときの影響はないが、それでもやはり彼女の体が気がかりだ。


 急がなければいけない気がかりはそれだけではない。


 先ほど奥へと戻っていった兵士たちが何やら布の被った大きな台をゴロゴロと引いて現れたのだ。

 この状況において持ち出される物など兵器であることは間違いない。得体の知れないそれは布越しにも無骨な形をしているのがわかる。

 その台車がすぐ真横に配置されると、ヘルツシュプリングは満足げに首を傾けて大きく頷いた。

 被せられていた布が大きく翻して取り上げられると、その中から黒光りする太い筒が現れたのだ。

 二本の金属製の足で支えられた太い筒の先端にはさらに小さい筒が一つ付いており、その中は中空になっているようだった。

 後方には左右が湾曲し大量のリベットで固定された鉄板がシールドのように付けられて、つばの広いヘルメットを被った兵士が一人座っている。

 その兵士が両手でハンドルを回すと、真下の回転台は太い筒の首を滑らかに回して、鋼のぶつかり合う金剛丈夫な音を立てた。

 残った衝撃で僅かに揺れている筒に付けられたシールドの隙間から照準器とおぼしき物がキラリと光った。砲身の中がはっきり見えるほどに真っ直ぐこちらを向いているそれはどう見ても機関銃だ。


「アニエス! あれは無理だ! 銃弾を連射してくる物で間違いない。いくら君でも対処しきれない! 何が何でも逃げ出さなきゃいけない! 隊列の一角はもう崩れてる! 君ももう馬に乗れ!」


 俺は馬の下に姿を現したアニエスに声を上げた。


「まだです! こんな囲まれた状況でどうするんですか!? あんな物、機械を叩けば良いんです! あなたはそこにいてください!」


 肩で息をしているアニエスは目を血走らせ、戦いの中で興奮しやや冷静さを完全に失っている。もはや逃げることを忘れているのではないだろうか。


「これで圧倒するぞ! 数だ! 数で押し返すのだ!」


 アニエスを落ち着かせて逃げ出す間もなく、ヘルツシュプリングが指示を出すと、機銃の後方に座っていた兵士が照準をあわせ終わり、機銃の横のレバーを兵士が倒して発砲段階に移った。引き金を握れば銃弾が飛んできてしまう。


 アニエスは多くの兵士を一人も殺さないように調整している戦っている。跳弾することや流れ弾まで考えている。それはこれまで単発で撃たれていたから為し得たことだ。

 しかし、機関銃で大量の弾数を撃たれてしまうと、そのような調整も厳しくなるはずだ。それに彼女も疲弊してきている。彼女自身も危ないかもしれないのだ。


「アスプルンド連射式多弾砲だ! 退け、一般兵ども! トナカイの餌にされたいか!

 魔法がなんだ、偉そうに! 魔法だけの時代は終わったのだ! 占星術がなんだ! 魔物喰らいの汚れた血の魔法なんぞ、偉大なる技術の前にかなうわけがない!」とヘルツシュプリング上将は銃座の兵士に準備を急がせている。


 まだ間に合うはずだと、アニエス、逃げよう。それができないんだ、と俺は叫んだ。

 しかし、アドレナリンに支配された彼女には虚しくも届かず、そして、無情にも機関銃の引き金がついに握られてしまった。空気を揺らすような破裂音と鑵を打つような薬莢の音が響き渡り、銃弾が絶え間なく発射された。

 放たれた数発は、姿を消したアニエスによってどこか横へと逸らされていった。だが、次第に彼女も追い切れなくなってきたようで、地面が弾ける場所が近づいてきてしまっている。このままでは馬ごと打ち抜かれてしまう。


 そしてついに体力に限界が訪れたアニエスが姿を現してしまうと、彼女の肩と足を数発の弾丸がかすめてしまった。

 傷は浅いようだが鮮血を飛び散らせると、くっと痛みに堪えるように馬の方へと飛び退いた。しかし、彼女を追いかけるように巻き上がる土埃は蛇行し、俺たちの方へと向かって来てしまったのだ。


「アニエス、防御魔法を……」


 あと五メートル近づけば、馬ごと撃たれてしまう。地面に当たり弾けて作り出す穴も大きく、威力も相当に強い。防御なしで被弾すれば、確実に死ぬ。

 邪魔だと言われて動かずにいたがこれ以上彼女任せにはしていられないと、まずアニエスと馬を守ろうと腰に付けていた杖を構えた、まさにその時だ。事態は最悪な形で好転することになったのだ。


 突然背後から強烈な光に襲われ、遅れて金属の飛び散る音がした。パチパチと言う音と火の粉が目の前にまで飛び散り、何かの破裂する音が連続して聞こえている。

 それに混じり、「敵襲!」と誰かの叫び声が聞こえた。すぐさま非常事態を知らせる鐘の音が鳴らされると、ぞろぞろと兵士たちが現れて俺たちの横を通り過ぎて燃え上がる炎の方向へと向かって行いった。

 先ほどまで俺たちを取り囲んでいた兵士たちまで、互いに顔を見合わせると頷き合い、そちらへと向かっている。


 言葉を遮られた驚きとともに爆煙の上がる方へと目をやり、眩しさに目を細め掌で遮りながらそこへさらに目をこらすと、見覚えのある人影があったのだ。

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