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僕たちの失敗 第四話

「なら手伝う! 君一人に任せられない」と馬を降りようとした。しかし、足首をぐっと押さえつけられた。


「いえ、イズミさんはそこにいてください」


「そんなわけには」


 足を押さえつける手とアニエスの顔を交互に見た。だが、彼女はこちらへ振り向かずに、左足のくるぶしをつかむようにぐっと押さえつけている。


「移動魔法が使えない今の状況で、素早く逃げるためにはその子が必要です。わざわざそこから二人とも離れてしまうのは賢いとは思えません。それに」


 アニエスは強烈な殺気を放った。


「邪魔です。動かないで」


 背中から見えるその姿は恐ろしいと思うほどで、毛は逆立ち、肩は上がり、全身が興奮した猫の尾のように膨らんだように見えたのだ。


「私はあなたをさっき殴ったときよりも、より強力に魔法を使います。これだけの数を相手にしていたら、あなたを巻き込まない自信がありません」


 静かに杖の中間と先端を握らずに掌で触れるように持ち、石突を前に向けて構えた。


「私はあなたたちを殺さない! 銃を向けるなら、その名を恥じて生き続けなさい!」


「抵抗させるな。撃ってもかまわん。構え!」


 哮るアニエスの声に被せるようにヘルツシュプリングが号令を上げると、取り囲んでいた兵士たちはバットを肩に押し当て照準を合わせると、引き金に人差し指をかけた。

 いくつもの小さな金具の触れる音が止み、静まりかえると降り注ぐ雪以外はすべてが静止した。弱い風が吹くとアニエスと兵士たちの間で雪が舞う。

 風が通り抜けて収まり、空中でピタリとさながら点のように止まっていた石突に、通り抜けた風に舞いあげられたひとひらの雪が触れると、杖は震えその輪郭を不明瞭にして雪の結晶を崩した。


 その瞬間、アニエスは姿を消した。


 崩れたその結晶が雪の中に落ちて雪原の一粒に紛れる前にヘルツシュプリングも反応し、手を横に払い、撃てぇーと命令をした。すると構えていた数人の兵士が引き金を一斉に弾いた。

 連続する発砲音が響き渡り、咄嗟に自分と尾花栗毛に防御魔法を唱えた。

 すぐさま、近くにある金属の檻や柵はいくつもの線状の火花を撒き散らした。

 大きな発砲音で呆けた鼓膜の静寂に弾けるような金属音が余韻を残していくのに遅れて、地面の雪は乾いた破裂音をあげて舞い上がり、数人の兵士が足首や脹ら脛から血を吹き出して野太い悲鳴を上げて倒れた。

 やや上向きだがこちらに向かって真っ直ぐ向かっていた銃身から放たれたはずの弾丸は、至近距離であるにもかかわらず一発も当たることはなかったのだ。

 跳弾したそれらは発砲者に襲いかかるか、雪の夜闇の中へと消えて行った。


 燃えた火薬の臭いが鼻に届くと、頭を押さえ伏せるような姿勢の腕を下ろし足下を見た。そこには何も変わらないアニエスが先ほどと同じ位置に立っている。

 彼女も撃たれてはいないことにホッとしていると、アニエスは杖を再び構え直して両足を肩幅に開いた。


「銃が素早い攻撃手段だというのは知っています。ですが、私の前に速さは全くの意味がありません。

 私のような田舎娘がいきなり中佐の地位を与えられた理由です」と白い吐息をあげて取り囲む兵士たちを脅すように言った。


「まだやりますか?」


 追い打ちをかけるように言いながら、思い切りにらみをきかせて取り囲む兵士を見回すと、その中の数人は口をゆがめて引き金から人差し指を離し銃を下ろしてしまいそうになっている。

 アニエスが使ったのは、先ほどの高速移動だ。間違いない。

 銃弾が的外れな方向へと飛んでいったのも、彼女が俺をぶちのめしたときと同じように何かの魔法で高速移動をして飛んでくる銃弾の軌道を変えたのだろう。

 目で追うことはできないどころではなく、銃弾の向きさえも変えられるなら確かに彼女は無敵だ。だが、騒ぎが大きくなると兵士の数も増えてきてしまう。どれほど強くても数の暴力にはやがて敗北する。

 それに高速移動も普通の状態ではないはずなので、何かしらの体への負荷がかかるはず。彼女が高速移動をしている間に何をしているのかは関知できない。だが、その分だけ彼女は高速で動き続けている。その分、魔法がかかっていない人間よりも早く疲労がたまるはずだ。


 馬の前に姿を現した彼女は、息をかなり上げて肩で呼吸をしている。ほんの一瞬でも体に対する負荷は多きようだ。


「怯むな! バカタレどもが! ええい、もう一度構えて撃て! 今度は指示など必要ない! 撃って撃って撃ちまくれ!」とヘルツシュプリングは銃を下ろしかけた兵士の頭を思い切りひっぱたいた。


「アバズレの小娘相手に怯む奴は営倉送りだ!」


 それを見ていた兵士たちは顔を互いに見合わせてうなずくと構えだし、次々に引き金を握り発砲を繰り返してきた。だが、銃弾は一向に当たらず、かすめることもすらない。

 乱射したことで増えた跳弾によってまたしても数人が自ら倒れ、そして気が付けば馬の周りを取り囲むように並んでいた兵士たちの列が崩れつつある。誰も死んではいないようだがほとんどが意識を失い、戦闘不能だ。


「何をしているんだ! 突撃だ! 倒れた者、戦えない者には構うな! 踏んづけてでも二人を捕まえろ!」と圧倒されたことに激憤したヘルツシュプリングがさらに怒鳴り、腰から剣を抜き高く掲げた。


「アレを持ってこい! 数で押しつぶすぞ!」


 数人の兵士が敬礼をすると、奥へと下がっていった。だが、彼らと入れ替わるように後から後からヘルツシュプリングと同じ自治領の軍服を着た兵士たちが駆けてくる。


 たかが一人に何人がかりだ! だがそれだけアニエスは恐れられていると言うことだ。


「愚かな方です。銃弾だって無駄にはできないはずなのに!」


 アニエスは怒りに満ちた表情でそう言うと、雪と土埃を巻き上げて再び姿を消した。

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