僕たちの失敗 第三話
基地の入り口付近まで近づくと、早速と様々な軍服の兵士たちがちゃきちゃきと音を立てて銃とともに駆けつけてきた。
そして、アニエスが手綱を引き馬を止めるとすぐさま四方を取り囲まれてしまった。後方に乗っている俺に何丁もの銃口が向けられている。
イズミさんは乗ったままで、とアニエスは囁き、手綱を手渡してくると向けられた銃を迷惑そうなしかめた顔で見つめながら馬から下りた。
尾花栗毛は黒光りする武器や明確な敵意を向けられ落ち着きなく耳を伏せている。アニエスがそっと首筋をなでると尾花栗毛は低く嘶き白い息を鼻からあげた。
紺色のナポレオンジャケットに白いパンツ、膝下まである黒い革のブーツの中世風の軍服の兵士が、彼の自治領の上官を連れてきたようだ。
遠くから羽根つき帽子を被り、その兵士のものに似ているがより派手な装飾の付いた軍服に身を包んだ小太りに顔の丸い男がやってきた。
近づいてくるその男に見覚えがあり、カルルの指揮所のテントにいた指揮官の一人だとすぐにわかった。
「イズミだな? 確認は必要ない! すぐに取り押さえろ」
こちらが誰だかわかるやいなや、大声を上げて兵士たちに指示を出した。ちゃきちゃきと金属音がすると、またしても尾花栗毛は耳を伏せて鼻を鳴らし始めた。
「ヘルツシュプリング上将。お待ちください。この人は悪くありません」とアニエスが敬礼しながら言うと、その指揮官はにっこり笑い、「アニエス中佐、ご苦労だった。後は我々に任せなさい。もう遅い。お嬢さんはゆっくりおやすみなさい」といい加減に敬礼をした。
「いえ、結構です。イズミさんは私が責任を持ってカルル閣下の元へお連れします」
「何を言っているのかね。指揮所に入れるのはムーバリの小僧を除けば中将以上だ。中佐の君では近づくこともできんよ」
「私の名前を閣下に直接伝えれば、指揮所に入ることは可能です。わざわざ上将殿のお手を煩わせることはありません」
「君はこの男とかつて仲間だったそうだな。連れてきたふりをして逃がす可能性もある。私は私自身の手でこの容疑者を閣下のもとにお連れしなければ正義に悖るのだ」
「確かに私はイズミさんの仲間ですが、私との関係は問題ではありません。これは閣下とイズミさんの二人のお話なので。
それに逃がすのなら、わざわざ連れ戻してからまた逃がすなど効率の悪いことなどせず、そのまま遠くへ逃がすと思います。ですが、つまり、上将殿は私を信用されていないと言うことですね?」
指揮官ははっはっはっと笑っていたが、突然丸い顔と体を大きく膨らませて態度を豹変させた。
「小娘の分際で何ができるのだ! 親の威光で中佐の地位に就いているくせに、閑職しか与えられていないのは実力が無い証拠だろう。
女は何をし出すかわからないから、貴様も信用などしているわけがない。
それとも、なんだ? やはり仲間だったので情が移ったか? まさか手籠めにされたのではあるまいな? これだから女は……。中佐、これは命令だ。さっさとその容疑者を私に引き渡せ」
血相を変えて怒鳴りアニエスをにらみつけている。
「お断りいたします。それにしても酷い言い様ですね。自らの手柄欲しさに焦るとあとで大変なことになりますよ」
「貴様こそ、体を使ってそいつを捕らえたのだろう。手柄欲しさに体を許すとは下賤な女よ。汚らわしい」
それを聞いたアニエスは肩で大きくため息をつき、
「旧クイーバウス領のライナルト・グライトレヒテ・フォン・ヘルツシュプリング元将軍殿、領主ドグラス・エルモ・フォン・アンヌッカ・トゥ・クイーバウスに忠誠を誓っておきながら裏切り、離反軍へと寝返ったあなたを私は尊敬することはできません。
アンヌッカは確かに悪政者でしたが、それを理由にしたとしても躊躇無く即座に裏切ったあなたはアンヌッカ以下です。
軍人貴族としての誇りを守り堂々と戦い抜いた末に軍門に降るならいざ知らず、第二スヴェリア公民連邦国における大将の地位とクイーバウス市民から巻き上げて築いた財産の保障という餌につられ抗いもせず寝返るなど、自らの立場はおろか爵位そのものを辱める行いです。
閣下のお作りになる世では爵位、騎士道など時代遅れなものはすべて無くなります。ですが、その崇高な精神は受け継がれていくべきなのです。
閣下はおっしゃいました。“太平すべて等しいが、精神は貴族たれ”と。
私は悲しいです。英傑カルル・ベスパロワ閣下を囲む指揮官の一角と言えど、この体たらくということが。閣下の心眼も落ちたものです。
いえ、偉くなるというのは、清濁併せ呑むということ。どうしようもない者さえもやがて束ねなければいけないということもあるので仕方ないのですね」
と思い切り啖呵を切ったのだ。
アニエスもエラいこというようになったなぁ、と戦々恐々とその様子を馬上から見守っていた。
案の定、中世騎士風のヘルツシュプリング上将殿は眉間に皺を寄せ、顎を高く上げた。そして、「貴様は私を侮辱するのか! 何という狼藉者だ!」と怒りに声を荒げた。
「上官に対する態度がなっていない! 重大な軍紀違反だ! イズミだけではなくこの女も捕らえろ!」
銃を構えていた兵士たちが一斉のこちらに向かってきた。だが、駆けつけてきたときに比べ兵士たちは足取りも重く覇気が無い。アニエスの言葉に心を打たれたのだろうか。
とはいえ、俺たちはまだ兵器を突きつけられたままだ。
辺りをキョロキョロと見回しながら、「いいのか? まずいんじゃないのか?」と尋ねると、アニエスは前を向いたまま笑った。
「構いません。言ってませんでしたが、私はあなたに会うためだけに軍に参加したようなものです。それ以外は田舎娘の私にはとってはどうでもいいですよ。軍も地位も、新しい世界でさえも」
「どうするつもりだ? 俺からの提案はとりあえず逃げるなんだけど」
「そうですね。少しぶちのめしてから逃げましょう! 実力の無い私がぶちのめして、プライドをずたずたにしてから!」とアニエスは杖を構えた。