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僕たちの失敗 第一話

 ノルデンヴィズの入り口が見えなくなり、シバサキ、クロエ、ククーシュカの仲間割れの乱闘から距離もだいぶとれたのでアニエスの操る尾花栗毛に並んでいた。

 だが、杖の速さが思ったほど出なくなってきたようだ。顔の前に展開していた防御魔法に吹き付ける雪も緩やかになってきた。

 鞍の横を併走して飛んでいたが次第に鬣に続く白いしっぽの付け根辺りが見えてきてしまった。

 速度を上げようと前かがみになり杖先を下に向けたがさらに速度は落ちていき、ついに地面でつま先を引きずるようになってきてしまった。

 これ以上前に傾くと、前のめりになってずり落ちてしまいそうなので一度停まることにした。


 またがっていた杖から飛び降りた俺を横目で見ていたアニエスが尾花栗毛の手綱を引き止めて、通り過ぎた少し先から馬を返して様子を見に来た。尾花栗毛も興味があるのか、鼻をフンフン言わせ白い息を上げながら頭をくっと肩に押し付けている。


「大丈夫ですか?」


「杖が飛ばなくなったみたい。まぁもともと飛ぶため物でもないし限界が来たのかも」


 杖を軽く撫でて握りなおすと、魔力を帯びているようなひんやりとした感触はまだある。


「魔力使い果たしちゃったんですか? この子に二人で乗りましょう」


 鼻を押しつけてきた尾花栗毛の顎を撫で、首を軽く叩いた後、「そう言う感じでも、ないんだよぁ」と拳を握りぐるりと関節を回してみた。


「けど、とりあえず乗せてもらってもいいか?」


 アニエスは馬の向きを変え、右側に寄せてくれた。鐙に左足をかけると手を伸ばしてきたので、彼女の前に乗ろうとすると、「あ……。一回降りてもらえますか?」と伸びていた手が止まった。


「あ、あの、大したことではないんですけど、邪魔になるので後ろでお願いします……」


 なにが、と尋ねかけたがアニエスは右下を向いて口を尖らせていたのですぐにわかった。あうん、とだけ言って鐙から降り、改めて乗り直し彼女の背中に回り込んだ。


 アニエスが脇腹を蹴ると尾花栗毛は再び走り出した。

 夜も更けた前線基地への道には雪が降り積もり、見にくいが盛り上がった縁石の雪が示す道は迷うこと無く真っ直ぐと続いている。

 速度が上がるにつれて視界に舞う雪は再び点から線へと変わっていくと、まるで吹雪の中を駆けているような錯覚を覚える。

 夜の闇は深く広がっているが、縁石と前方を照らす灯りを頼りにひたすら切り裂いていった。基地の灯りはまだ見えない。このままどこまでも白と青の常闇なのではないだろうか。

 視界の前で揺れる結われた赤い髪と灰色の軍服の背中に額を押し付けてしまった。軍服の上質な生地は体温を逃がさず、その表面はよく冷えていた。

 ときどき肩に乗る雪の粒はすぐには溶けず結晶のままで、風に舞うと再び暗い闇へと落ちていく。だが、ただただ寒空に放置された物のように冷え切っているだけではない。

 人に着られているときの厚手の服が与える独特な固い弾力と体に響く馬の足音ではないアニエスの鼓動がそれを通して伝わってくるのだ。


「イズミさん」


 名前を呼ばれてはっと気がついた。俺は無意識にアニエスの鼓動を背中越しに探っていたようだ。額を放して背筋を伸ばし、灰色の背中を見つめた。

 何をやっていたんだと我に返り、その恥ずかしさにやや濁りながら、うん? と喉を鳴らして答えた。


「イズミさん、少し全身の力を抜いてください。この子にも負担ですし、筋肉痛なりますよ。振り落とされまいと力んでしまうのはわかります。

 でも、二人乗りなので鞍からお尻が離れないので、そこまでスピードも出ませんよ。この子への指示も伝わりづらくなるので、私とこの子を信じてリラックスしてください」


 ごめん、と短く答えて内腿で力任せに鞍を挟んでいることに気が付いて力を抜いた。


「気になるのですか? ククーシュカちゃんが」


 背中に押しつけられていた額の感触で何かに気が付いたのか、アニエスは前を向いたまま尋ねてきた。


「あ、ああ、まあ、ね」


「優しんですね。羨ましいです」


 風の中に、ふふふ、と笑う声が聞こえたような気がした。


「私はククーシュカちゃん以外の二人に会ったことはありませんが、イズミさんにとってはあまりいい人たちではないのですね」


「女の方はクロエって言うんだ。名前は、今はクロティルド・ヌヌーかシャルロット・ノーレのどっちかだ」


「また知らない女の人が出てきた……」


「そんなんじゃないって」


「なんで名前が二つあるんですか?」


「そういえば――」と言いかけて喉に何かが詰まった。


 どこぞ諜報部員についてなど知らない方がいい。彼らは確かにいても存在はせず、知ってはいけない者たちなのだ。

 そして、それは日常生活を送る上では一切必要の無いことだが、一度知ってしまうとその日常に支障が出る可能性が高くなるのだ。本当に言ってしまっていいのか躊躇してしまった。

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