深雪と深紅の再会 第十四話
かつてノルデンヴィズで見ていたものとはだいぶ違うその男の様子は、ある意味かえって自然な物だった。
以前のようなボロボロの鎧は着ておらず、代わりにキャメル色のトレンチコートを着て、見慣れていた錆と刃こぼれだらけの剣は腰から携えられていない。元の世界ならそれが普通だからだ。
変わり果てた末に元に戻ったその姿に、自然でありながら見慣れない混乱を起こした。
しかし、その中でもたった一つだけ、その人となりが醸し出す雰囲気は寸分の狂いも無くそこにある。
何よりも強烈で忘れることのできない、自らの行いこそがすべてであり、正義は常に自らの手の内にあると信じ込む、その独特な雰囲気。立てられたコートの襟がその傲慢さを際立たせる。
ポケットに手を突っ込んだまま、何やら嬉しそうににやにやと目を細めている無精ひげのその男は、シバサキだ。
「イズミさぁ、君はそろそろ定職に就いたほうがいいんじゃないかい? いつまでも遊んでいるとそこの女の子もどこかにいってしまうよ。何ペットか知らないけどさぁ」
そして、ポケットから右手を出し、「それとも君、ああ、イズミ、お前じゃない。その隣の女の子、僕のところに来るかい?」とにっこり笑うと、少し前屈みになり手招きをしてきた。
思わずアニエスの方を見てしまった。だが、彼女は右眉だけを上げ、片口角を上げながらその初対面の男をにらんでいる。あちらに行ってしまうことはなさそうだ。
その言い方、態度立ち振る舞い、そして何より再会してしまったことはあまりにも破壊的にいい気分がしない。奪おうとしても渡すわけにはいかない。俺はアニエスの前に仁王立ち、腰を落として杖を構えた。
アニエスに相手にされなかったシバサキは舌打ちをして、口元をもぐもぐ動かして何か言っている。
横にいたクロエが鼻から息を吐き出して腰に手を当て「ほらほら、思い人が怒っちゃったわよ。先輩の話は聞いておくべきよ、ククーシュカちゃん?」と諭すように名前を呼び終わると腰から放した右手を上に向けて話をつづけた。
「連盟側についてブルゼイ族の後始末をして、その男に会えればもういいんでしょう?
一度捨てたというのに、もう一度連盟側につくことを赦しもしてあげたのだから、無駄な遊びはもういいのではないかしら」
「いい加減なこと言わないで。約束はまだ一つも果たされていない」
ククーシュカは俺たちから目を離さずそう言った。雪の中で宝石のような黄色い目を光らせてアニエスの方を真っ直ぐ睨みつけている。
「それにしてもまだ生きていたのね。必ず死んでしまうように急所を刺したはずなのに。しぶとい女」
アニエスはククーシュカの言う通り、あのままなら確実に失血死していたはずだ。
しかし、俺が回復魔法をかけたので死線を越えたわけでもなく、サモセクで貫かれる経験をしたアニエスはこの世界にはいない。
戦いの最中で転んで気を失ったと思い込んでいるので、その言葉の意味がわからないアニエスは俺とククーシュカを交互に見つめて戸惑っている。
そして、二、三度困惑して見つめた後に手を伸ばし俺の袖を軽く引っ張ると、どういうことと小さな声で尋ねてきた。
しかし、俺は突然のシバサキの登場に焦りその戸惑いを解消してあげる余裕がなかった。すぐさまそれがアニエスにも伝わったのか、彼女は不安な顔をして前へと向き直った。
シバサキはコートのポケットから取り出したタバコを咥え、もう一度もケットをまさぐり四角い何かを出すとそれで口元を覆った。
火を点けたようで手の中が明るくなると、やや下向き加減の顔が見えた。ライターの灯りで揺らめく灯りに照らされた蔑むようなまなざしがこちらを向いている。
大きく一息吸ったあと煙を吐き出しながら一歩前に出ると、
「そうだよ。先輩の話は聞いておくべきなんだよ。そうでないとイズミみたいなどうしようもないのにしかなれないよ。僕はねぇ、早く黄金を見つけて救世主になりたいんだ。この混迷極める世界を救うためにね」
とあやすような口調でそう言った。だが、ククーシュカはシバサキの声などいっさい聞こえていないように動かない。
「あら、聞き分けのない後輩ね。ダメじゃない、上司を無視するなんて。イズミに逢うだけじゃなくて二人の関係も壊さないとダメなの? 閑古鳥なだけあるわね」
クロエはシバサキをないもののように扱うククーシュカを目だけで見ると、はぁと額を押さえて首を振った。
「イズミとつるんでバカがうつったかな……。可哀そうに。優秀な人材を育て、その力をいかんなく発揮させられるのは優秀な上司だけなんだよ。例えば僕を見習う……、ああ、夢見がちの気合だけの馬鹿には無理か」
そう言うシバサキの少し後ろでクロエは肩をすくめて視線を上に送った。何かを呟いたがそれは聞こえなかった。
「とにかく、ビラ・ホラについて教えてくれないかしら? 後輩のお遊びに付き合うほど私たちも暇じゃないのよ?」
「まだ約束は果たされていない」
「何言ってるのよ……。あなたねぇ、イズミに逢えるかどうかまだしも、連盟政府軍に参加したことで目的の大半は達せられたみたいなものでしょう」とクロエはククーシュカの肩に手を置いた。黒い手袋を縮こませククーシュカの肩を強くつかんでいる。
ククーシュカは肩に置かれた手に暗澹とした視線を送ると、「やっぱり、口約束だったのね。私たちのような契約書のない存在にとってはその程度なのね」と囁いた。
そして、ややあきれたように目をつぶると大きく息をつき、両手をコートの内側へ交差させるように滑り込ませた。