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深雪と深紅の再会 第十一話

「誰がホルスタ……えぇっ!?」


 鼻の軟骨を突きさす痛みになぜか喜びを感じ、起き上がり声を荒げようとしたアニエスを思いきり抱き締めた。


「よかった! 本当に良かった! もうだめかと思った」


「やだ! 何ですか、いきなり! ちょっと、放してくださいぃ!」


 アニエスは滅茶苦茶に暴れだしたが、抑え込むつもりではなかったはずの右腕は腰に巻き付き、左腕は背中を通り肩まで掴んでしまうほどに彼女をがっちり挟み込んでしまった。

 しばらくそのまま抱き続けていると、「なんですか!? なんですか? 本当に! ヤダ……。もう……なんなの?」と次第にアニエスはおとなしくなり始めた。


「生きてる。生きてる。冷たくない。よかった。もう大丈夫」


 温かい彼女の体を再び抱きしめ、少し早い興奮気味の心拍と体温を感じながら声が震えてしまった。足の力が抜けそうになるにつれて彼女の心拍も収まってくるのを感じた。

 落ち着き始めた自分の鼓動にも安心しながら、アニエスを放した。そして肩を持つと真っすぐに瞳のさらに奥をじっと見つめた。


「な、なんですか……?」と不機嫌そうに口先を尖らせて頬を染めて下を向いている。


「よかった。本当に」と肩や腰から離れた俺をアニエスは二度見してきた。


「あれ? ど、どうしたんですか? 血まみれじゃないですか?」と言うとぐるりと辺りを見回した。


「それに……。ここ……。イズミさん家じゃないですか。いつの間に……。

 はぁっ!? まさか!? な、何する気ですか!? 殴ったことの仕返しに、なんか、やらしいことを……!? ダメです! ダメです! 絶対だめです!

 最近家に戻れてないので汚いので! 全体的に!」と言うと膝を曲げてベッドの奥に逃げるようになった。


 ひとまず安心した。彼女がホルスタインに対して怒った以降に言っていたことは彼女の中には存在しない。

 自分が寂しかったことや俺に逢うために離反軍に参加したことを言ったのも、そして、今際の際に言った俺への告白も。

 無ければ無視していい訳ではない。俺は消えてしまった彼女の言葉を絶対に忘れない。そして、回復魔法のことも黙っておこう。大怪我をして前後の記憶があいまいになっているだけだと誤魔化しておく。だが、いずれ話す時が来るだろうか。

 そして、できればもう二度と使いたくない。もし、似たような状況、使わざるを得ない状況になったとき、二度と使いたくないという考えを揺るがされないという絶対の自信は無い。

 グリューネバルトもかつての話の中で『かつて時間は絶対に平等な物だった』と語っていた。彼の言うとおり、普遍の平等を崩し、さらに誰にもなしえなかった事象の否定を俺はしたことになる。

 大きな力に付きまとう責任を負わせるべく、世界はどこかで必ずしわ寄せをしてくるはずだから。


 部屋の隅にあるタンスが俺はどうしても気になった。

 この街に来た頃、なけなしのお金で買った拠点に最初から据え付けてあるそれは、部屋の隅にずっと置いてある。空っぽで埃だらけのチーク材のタンスだ。少し前にそれを誰が使っていただろうか。

 そう、俺たちは今まさに追われているのだ。愛しい人の生還をのんびりと喜び、自らの力に感慨深くなっている場合では無い。

 このままここに居れば追跡者は再びアニエスを襲う。使わないと誓った直後にまた使う状況に陥るなど恥知らずも良いところ。

 ククーシュカが追いかけてくるのは間違いない。彼女にも元勇者が袖の下から渡してきた移動魔法用のマジックアイテムを渡してある。

 それにここは彼女がかつて来たことがある。下手をすればコートのあの機能を駆使してここに直に現れるかもしれない。

 おまけに怪我を負わせた対象をどこまでも追跡できるらしいあのサモセクとか言う物騒な短剣も持っている。居場所などすぐにわかるはずだ。


「アニエス、今はとにかく逃げよう」


「なぜ? 夜中ですよ? 何から逃げるんですか? ……少し疲れました」とくたびれたような顔で肩をすくめてベッドに座り直した。実際に彼女は疲れ切っているはずだ。

 しかし、休憩している暇はまだない。彼女はククーシュカの襲撃を覚えていないのではなく、彼女の体にその事象は起きていないのだ。休ませてあげたいのはやまやまだが、「説明は後だ」と姿勢を低くして、


「黙って付いてきてくれないか? これからはどこまでも一緒に。今度は絶対に手を放さないからさ」

とベッドに腰掛けるアニエスに視線を合わせた。

 それにアニエスは目を見開いた。気のせいだろうか、少しぱっと表情を明るくしたようにも見えた。そして、何も言わずに頷き立ち上がり、お尻の埃をパンパンとはたいた。


「どこへ行くんですか? 移動魔法ですか?」とさっそく杖を両手で握りしめ始めた。


 しかし、ベッドの脇に置いてあった彼女の杖には回復魔法はかかっておらず、血塗れのままだった。持ち上げると同時にそのぬたりとした触感に驚き、掌を見て声を上げている。

 血塗れの杖を持ち上げて、これ誰の血よぉ、とぼやく彼女を見ながら考え込んでしまった。


 そうだ。どこへ行けばいいのだろうか。

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