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深雪と深紅の再会 第十話

――――はぁーっあー、あーあー、またこのパターンじゃない。もう、メンドクサイ。回想とか止めてくれる? マジでさぁ。やれること最後まで試したわけ? やってないでしょ?


「何をやれって言うんですか……」


 本当に空気の読めない女神だ。やっと言えそうになった言葉がまたしても引っ込んでしまった。言いそびれた喉頭の奥で震えているのが不愉快だ。


――――あたしさぁ、あんたに何あげたと思ってんの? 回復魔法使いなさいよ。何とかできるわよ。


「回復魔法で治せる傷じゃないです。自然治癒力の範疇を超えてます」


――――はぁ? ……え、あんたもしかして、これまでずっと自分で言い分けといて気づいてないワケ?


「どういうことですか?」


―――治癒魔法と回復魔法って言い分けてるじゃない。


 何かが背筋を走り抜けた。尾てい骨から天頂まで、しびれるような何かだ。それは全神経に違和感が走るような物の言い方だった。


 確かに、俺は治癒魔法と回復魔法を使い分けている。治癒魔法は簡単に唱えられるので、擦り傷やちょっと深めの傷といった、決して大怪我では無いときに即席で使っていた。

 対して回復魔法は、比較的大きな怪我をしたときに時間をかけて詠唱し、負傷者の全身に魔法をかけていた。


 回復魔法の方がやや強力で記憶まで消せるが、どちらも根本原理は同じような物だろうと使うだけで原理を調べようとはしなかったし、誰も何も言わないから気にもしていなかった。

 だが、俺以外に回復魔法と言ってそれを使う人間は誰一人いない。僧侶たちやマテーウス治療院やその他の治療院のスタッフ、そして商会のレアさえも治癒魔法としてしか使っていない。


 違和感に背筋を完全に支配されたが、それはどこか躍動し脈打つように背中を押している。


 もしかしたら俺の使っている回復魔法は、治癒魔法とは系統が根本から全く違うのではないだろうか。鼓膜に心臓があるのでは無いかと思うほど、自らの心臓の拍動が聞こえる。


 回復魔法を使えば、怪我は消滅し、当人の記憶もなくなる。つまり、それは……。


 抱きかかえていたアニエスから勢いよく離れると、両手で肩を持ち消えかけの瞳を真っ直ぐに見つめた。不思議そうにそして、すがるようにアニエスの視線は俺を見つめ返している。悶々と違和感の正体を追いかけている場合ではない。


「あと十秒、それだけでいい。生きてくれ」


 俺は希望へと導いてくれた女神への返事すら忘れて、すぐにアニエスに回復魔法の魔方陣を練り上げ始めた。


―――あんたのそれは超異端。良かったわねー。如何にもな展開になって。


 すぐさま青色の魔方陣が完成した。この色はこれまで使用したときと何一つ変わらない。アニエスはこれまで回復してきた負傷者とは比べものにならないほどの致命傷だ。

 だが、致命傷であることはこの魔法の前にはもはや関係ない。重要なのは負傷の度合いではなく、負傷からの経過時間なのだ。

 魔方陣の縁に杖をあてがい、ゆっくりと反時計回りに回すと、断末魔のアニエスの動きは遅くなり始めた。

 無論、それは生命活動を落としていっているのではない。魔方陣の中にある流れのすべてを遅くしているのだ。


―――それは治癒魔法なんてやわなモンじゃないわ。今まではあんたが無意識に“負傷する前まで”戻していただけ。カトウくんとかにも使ってたでしょ? 思い出しなさいよ。彼が、対象者がどうなったか。


 空気の流れ、血流の流れ、数ある様々な流れをそれぞれ一つ一つ遅くしているのではない。平等にそのすべての支配する物を俺はコントロールしているのだ。


 魔方陣の色はやがて青から緑へ、そしてついに真っ赤になった。


 すると、アニエスのみぞおちにできた大きく赤黒く広がった傷が見る見る塞がり始めたのだ。

 それは魔法を使っている自分自身でもその光景は不思議な物だった。まるで、高速で回転するフィルムを巻き戻していくように。

 いや、違う。本当に巻き戻しているのだ。俺が巻き戻しているのは、時間そのものだったのだ。


―――あんたの回復魔法は“相対的時間減衰(テンポリトログラード)”っていうの。絶対的な時間すら戻す異端の魔術。つまりあなたは人間タイムマッスィーン! でっでで、でっで、でっでで、でっで、でっでで、でっでで、でーん!


 口や鼻、そして傷口から溢れて流れ出だしていた血液は、重力に逆らい元の穴へとに戻っていく。流れた跡は拭き取ったかのようになくなり、流れ出した血はアニエスの体内へと戻った。

 すべての血が戻りきると、顔も唇も赤くなり生き生きとした血色を放ち始めた。そして今度はみぞおちの傷が縫われていくかのように無くなっていく。

 突き出てしまった真皮はぐるりと潜り込み、綺麗な表皮がその上を覆い見えなくなっていく。傷が塞がると、今度は白いブラウスが塞がり、そして最後には灰色の軍服のコートまで元に戻っていった。

 あまりにも不思議な光景であり、俺は口を開けたまま黙って見とれてしまった。


―――……あ、無視ね。能力いくつかあげたけど、あたしそんなのあげたかしら。戻った血液はどこから来たの? 元の空間にあった物はどこへいったの? 刺された場所で起きたその子以外に生じた影響はどうなるの? 置いてきた物、置いてきた物が与えた影響、同一の情報を持った物が同じ世界に存在するの。気になりだしたら終わらない、色々な法則を無視した矛盾の塊。


 最後に彼女の目尻に浮かんでいた涙が乾いていくかのように消えた。

 もう大丈夫だろう。俺は魔方陣の中の流れを止めた。魔方陣の色が青に変わり、やがて消えるとアニエスがゆっくり目を開けた。


 すると、いきなり怒りに満ち満ちた瞳で俺を思い切り睨みつけギリギリと音がするほど歯を食いしばると、筋が立つほどに力強く拳を握った。

 そして、すぐさま、めあっ! と意味の無い声を上げたかと思うと、その筋と血の通った元気いっぱいの拳を目の前に飛ばしてきた。


―――あーあー。戻しすぎ。痴話喧嘩再開ね。ファイッ!


 鼻の頭にずんと響くような激痛が走った。

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