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深雪と深紅の再会 第四話

 早くも俺の中の沸点に達してしまい、


「うるせー! バーカ! いいに決まってんだろ!?」と思い切り怒鳴り返し、口周りについた泥水を飛び散らせた。思った以上に自分の口から出た言葉が間抜けていて、怒りの温度を自ら下げそうになってしまった。しかし、ここで沸点を下回ってしまうと完全にやり込められる。もう何も考えないようにした。

 だが、アニエスは声としぶきに驚いたのか、拳を止めて首を左右に小さく震わせながら見下ろしてきた。


「な、ななな、なんてこというんですか!? ついてもいないクセに! わかりもしないのにいいとか言わないで!」


「わかるわけないだろ!? 男なんだから! だけどなぁ、男なんだからデッカイそれがいいと思うのは当然だろ! ぶらぶらぶら下げてんのはデカい方がいいに決まってんだろ!?」


「は!? ふざけたこと言わないでよ! このヘンタイ!」


 左頬に手が飛んでくる。パチン。


「パン捏ねるときは重いし肩凝るし、ときどき引っかかるし、小麦粉だらけになるし! どうせ、うおっデッカ、触りてーとか思ってるんでしょ!? ええ、そうですよ! 私はデカいですとも!

 商会のイカ腹娘よりも、錬金術師のまな板経産婦よりも、あんたのお友達二人のおっぱい剣士たちよりも、共和国のデカ乳長官よりも、あんたの大好きな自称姉のあの背中にニキビ出来てそうなオバサンより大きいですよ! 自分でもはっきり言えるくらいにね!」


「なんだよ! わかってんなら触ってモミモミ揉みしだいてやろうか!? さっきみたいに思い切りな! 気持ちよくなるまでしこたまな!」


パチン。


「ッサイテー! ダメに決まってるでしょ!? 何当たり前に触れるみたいな言い方してるんですか!?」


 そう言いながらビンタするたび目の前の物はバルンバルン揺れている。馬乗りになっている分、顔の目の前に来るので視界を否が応でも塞いでくる。


「じゃはっきり言えばいいじゃないか! 私のおっぱいデカいですー、見ないでくださーいって。お触り厳禁でーすってな!」


 目の前のそれと、その先に見え隠れするアニエスの顔に交互に視線を送りながら言い返した。

 俺は感情に任せて何を言っているんだ。自分でも訳の分からないことを言っている自覚はあるが、もう少しまともなことは言えないのだろうか。馬鹿げてるのももちろんよくわかっている。だのに。


「言えるわけないでしょ!? 私の胸ばっか見てる、きもーい、なんて言ってみなさいよ! 自意識過剰のヤな女ぐらいにしか思われないでしょうね! ふん! あなただから言うんですよ、こんなこと!

 さっきからの変態視線にも気づいてるし、もうガマンできませんからね! 当たり前に見ないでください! そーゆーの目で〇してるのと同じだから!

 それに何ですか! 会って一緒に過ごしてたかと思ったらいきなりいなくなって連絡一つよこさないなんて!」


 そっちの話題はついでなのか。やっと出てきたかと思ったが、もう罪悪感もないし真面目に謝る気にもなれない。


「俺だって気にしてたのに、そっちはデカ乳自慢のついでかよ! この下乳汗疹ホルスタイン!」


バシン。


「ふざけないでよ! 誰がホルスタインよ! それに汗疹なんかできてないわよ! この、歩く視〇魔!

 て、ちょっと待ちなさいよ! 気にしてたってどういうこと!? なんで気にしてたのになんで連絡一つよこさないんですか!

 私だって共和国にいた時、もうこのままずーっと一緒なのかな、なんて思ってたのに! なんで放ったらかすのよ! 何か月も何か月も! 私連絡してくれるの待ってたんですよ!?

 一年も放ったらかして、それでも待ってるとか自分でもバカなんじゃないかと思うくらいなんだから!」


「うっせーな! 放ったらかしなのは確かに悪かったけど、俺だって忙しかったんだよ!

 つか胸触られたくらいで取り乱して任務忘れてんじゃねーよ! こちとら殴られたくないから取った行動で触っただけだ! バーカ! バーカ! 地味子! 田舎ッペ!」


「バカとは何よ! 首都にも行ったことないバカカッペなのあんたでしょ!?

 さっきから言ってること全ッ部意味不明だから!

 じゃあんたはこれまでもどさくさであのおっぱい剣士とかオバサンの血走りおっぱいの触りまくってたわけ!? 信じらんない! もう、ホントに最悪!」


「だ、か、ら、触ってねーつってんだろ! 意味不明で悪かったな!

 お前も言ってることなんでもかんでも人のせいにすんなよ! つか、お前は俺の何なんだよ!

 そんなうずうずきゅんきゅんしてんなら連絡して来いよ!」


 パンとまたしてもビンタされた。


「何よ、その言い方! あんたがしてきなさいよ! それに、うずうずもキュンキュンもしてない!」


「じゃあなんだ!? ムラムラか!?」


「し、知らないわよ! 何でもいいわよ! なんで私から連絡しなきゃいけないのよ! がっついているみたいでできるわけないでしょ!?」


「俺からしたら俺だってがっついてるみたいじゃないかよ! そうしたらそうしたでいい気になって上からくるくせに!」


 パチン、パチン。往復。


「ああ、もう、うるさい! うるさい! うるっさーい! あなたが悪いの! 連絡しないのも胸ばっかり見るのも全部、全部、ぜーんぶあなたのせいなんだから! 連絡すんのが面倒くさいなら私も連れて行きなさいよ!」


 往復ビンタをしている手がピタリと止まると、胸板の上を握られた小さな拳でドンドンと叩いた。数回叩いた後、その二つをぐいっと押し付けてきた。

 そして、「なんでさ」と肩をすくめて下を向くと、「なんで、いつもそうなのよ? 私、寂しかったんだから……」と震えた声で小さく囁いたのだ。泥水だらけのコートの上に水滴がぽたぽたたれている。

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