深雪と深紅の再会 第二話
邪魔者を見るような顔に再び怒りが灯り始め、姿を消して目に見えない方法での攻撃をしようと構えた。
彼女が杖を両手で握り、こちらへ向かって来ようとする直前に足元にポータルを開き、そこへ落っことした。そして、今度は自分の頭の真上にポータルを開いた。
そこからまたしても悲鳴が聞こえ始めると両手を前に構えて落ちてきたアニエスをお姫様抱っこで受け止めた。
腕の中にいるアニエスは突然のことに「なぁっ!?」と驚いた顔を見せた後、よし捕まえた、と抑え込む間もなく腕の中で彼女は猛烈に暴れ始めた。掌で頬を思い切り押し退け、左右の足をばたつかせている。
大きな動きに腕と足下が不安定になり、アニエスをうっかりお尻から落としてしまいそうになったので、体の方へ引き寄せるとますます強く暴れだした。
そうこうしているうちに彼女の体が青くわずかに光りだした。何かの魔法を唱えたようで、体を密着させていた俺にも伝わり、何かの効果を与えた様だった。
効果はどんなものかはすぐには分からなかったが、落とすまいと踏ん張るときに蹴り上げた土が宙を舞っている姿がゆっくりになり、やがて空中で静止しているような光景が見えたのだ。
しかし、その様子を不思議に思う間もなく猛烈に暴れる彼女は腕から離れると、顔を先ほどよりも真っ赤にして怒り出した。
同時にその何かの魔法が解かれて効果が消えたのか、蹴り上げられ空中で静止していた用に見えていた土が、まるで発破をかけられたかのように思い切り弾け、勢いよく飛び散っていった。
「さっきからなんなんですか! 邪魔しないでって言ってるじゃないですか!」
「するに決まってる! 何度も言うけど俺はあの二人を絶対に逃がすんだよ! どんなみっともなくなっても絶対に! だから、君はここで止めなきゃいけないんだよ!」
アニエスは真っ赤な顔で髪を逆立たせて歯を食いしばり始めた。わなわなと震え肩を上げたかと思うと、ドンと音と土埃を立てて姿を消した。
また殴られる。
しかし、受けてばかりではない。さっきの両手で受け止めた時に垣間見た様子で分かったことがある。
おそらく殴っているのは彼女自身で、何かしらの方法で自らの動きを認識できないほどの速さまで加速して近づき、杖で殴っている様だ。
殴る瞬間に彼女の顔がちらつくのは、ヒットするほんの僅かな一瞬だけ魔法を解いているからだろう。
さきほどの腕の中で暴れているときに、何かの拍子で発動した彼女の攻撃時に使っている魔法が俺にもかかったようで、世界よりも自分たちが早く動いていたように見えたのだ。
何魔法かは分からない。とにかく高速移動しているのは間違いない。
しかし、考えさせる間を与えないつもりなのか、さらにだいぶ怒らせてしまった様子で、腹を殴る回数が増え、殴られる衝撃までも大きくなってしまった。
右脇腹、右もも、ひざ裏、上腕、前腕……。何発も打ち込まれてしまい骨に硬いものがぶつかる様な硬い音やゴムを殴る様な鈍い音が立て続けに鳴り響く。
何度も殴られるうちに顔と左わき腹だけはジンジンとした感触がない事に気がついた。どうやらそこは殴らないようだ。
アニエスにタックルをする際に杖を左わき腹に戻していて、そこには硬い硬い俺の杖がある。それを殴れば堅さのない彼女のホプシーの杖は折れてしまうのだろう。
格闘技は分からない。だが、左わき腹を隙にできないだろうか。
などと悠長に考えてはいられない! とにかく殴られるのが痛い! ならばそこに飛び込んでしまえないだろうか。
ひざ裏を殴られると一瞬攻撃が止む気がするのだ。もやもやと考えている暇にもっと痛くなる! その瞬間に飛び込むしかない!
脇腹、右腿、左上腕、左ひざ裏ァ! 今だ!
兎にも角にも痛い打撃から逃れるために、目をつぶって自分の左脇腹の方へもぐりこむように思い切り頭を突っ込んだ。
ぐにっ
やや弾力のある何かに頭が当たったが、構うことなく突っ込んでしまえ!
すぐさま両手を前につき出し、頭にぶつかった何かを両手で押すようにしてさらに突進した。そして、そのまま弾力のある何かを掴んだまま、地面に向かって倒れ込むようになるとつい力が入ってしまい掴み続けていた何かを思い切りぎゅうと握ってしまった。
すると捕まえられたことにアニエスが驚いたのか、あふん、と情けない吐息をあげた。回避行動がうまくいったようだ。それに捕まえられた!
アニエスの打撃が止んだので目を明けると、頭から突っ込んだ後に掴んでいた何かが目に入った。
だが、目の前に見えた物で心臓が止まるような気がした。これはヤバい。もっと殴られることになるかもしれない。
アニエスの一番出っ張っているところを渾身の力いっぱい揉みしだいていたのだ!
俺には刺激が強すぎる! それにこの子にこれはまずい! ブチ切れる!
すぐに手を放しそうと試みたが、彼女のコートのボタンとボタンの間に指が引っ掛かってしまい、すぐには離すことができなかった。
だが、その遅れた刹那に、もしかしたら手を離さないほうがかえって殴られないのではないか、と思考が働いた俺は、一歩足を踏み込んでボタンを引きちぎる勢いでコートの隙間に手を突っ込んだ!
うっわ、やらけぇっ! じゃない! やっと捕まえた!
これで動けば彼女のコートは破れてしまうし、高速移動の魔法も俺にも効果が及ぶので逃げられない!