回る物を回す者 第十話
カルル閣下は、もし金融協会への何かしらの要求がないとすれば、カミーユをすでに殺害していたはずだ。
早雪は北部の人間には大したことはないが、それでも節約はしなければいけないことに変わりはない。囚人など真っ先に口減らしの対象になるはず。
だが、彼女は生きている。生かしておいたのにはそれなりの理由が必要。それは金融協会との交渉のカードという大役が彼女にはあるからだ。
しかし、今まさにそれを完全に失った。これで第二スヴェリア公民連邦国はヴィトー金融協会からは完全に離別、北部支部の蓄えを基にした新しい金融機関を設立せざるを得ない。
さて、これでどうなるでしょうか。
おそらくだが、第二スヴェリア公民連邦国は今現在最も多く保有しているエイン通貨が主流通貨となる。
考えられる対応として、連盟政府はそれに対抗すべく連盟政府内に流通するエイン通貨の価値を完全無効化するかもしれない。硬貨はただの金属に、紙幣はただの紙切れに。
政府保有の財源を過度に圧迫することはなく、共和国との和平交渉で生じた金融協会との確執はそのままに第二スヴェリア公民連邦国の不完全な貨幣経済を狂わせられる。
だが、連盟政府のお偉方が考えつくのはそこまでだろう。
連盟政府内にはエインを多く保有しているが北部離反に参加していない領地・領主たちが少なからずいる。
その彼らが、混乱しながらも紙切れ金属がまだ貨幣として価値を持っている第二スヴェリア公民連邦国へ寝返る公算が大きくなるのだ。金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったものだ。
だが連盟政府は、亡命政府支援と言う名目でマルタン・連盟政府国境付近へ派遣され、今なおそこに残留している軍を寝返り防止の人質に取ろうとするだろう。
しかし、エイン通貨主流の自治領は一つ、二つではない。
もし、エイン通貨主流領の残留軍のすべてがその場で第二スヴェリア公民連邦国に寝返ったとしたら、首都サント・プラントンを挟撃をされてしまう状況を連盟政府自ら作り出すことになる。
その寝返りを防ぐためには、第二スヴェリア公民連邦国とは停戦せざるを得ない。
さらに停戦だけでは足りず、エイン通貨の価値は再びすぐに戻されるだろう。
儲けるのはすべてを察した投資家たちだけ。それぞれにそれぞれの通貨で回り始めるだろう。
それとも全くの逆の、エイン通貨の価値を倍増させることで第二スヴェリア公民連邦国からの再寝返りを誘発させるか。
しかし、物に価値を与えるにはその価値以上の貯蓄が必要になる。財源は連盟政府の国庫から賄うが、共和国との和平交渉や亡命政府支援、加えて早雪対策により浪費しもはや空に近いはず。そうなるとヴィトー金融協会の協力無くしては成し得ない。
だが簡単には協会は首を縦に振るはずがない。政府中枢と協会との確執は大きくなるばかり。
そうなると連盟政府中枢は協会への締め付けを強化。例えば一方的な国営化だ。
金融を牛耳った後、インフラ整備などで誤魔化した利息の不透明な国債を作りだし、戦時であるのにその国債を買わないのは非協力であると声高に宣伝して購入は義務であるかのような世論を作り出すなど、ありとあらゆる手段を講じて資金を集めるだろう。
だが、それに対し国が財産をかすめとっているのではないかと民衆は怒り狂い、国家の富は国民の物であり、政府の物ではないという機運が高まる。
やがて個人の利益追求がモラルさえ忘れられて活発になり、連盟政府は資金を集められず特需を生むことができないので戦争に対してますます醒めていくだろう。
ユニオン、共和国は侵略の意思皆無をいいことに、マルタンの亡命政府を往生際悪く維持。
共和国からの追求はのらりくらりと交わし続けて、少しずつ支援軍を引き下げ長期戦へと持ち込み、亡命政府の弱体化を待ち吸収。そして、第二スヴェリア公民連邦国とはある程度の妥協点を見出し停戦。
それぞれはそれぞれの通貨で国が回り始める。つまり同じ結果だ。
何もしない場合。今はユニオンの反乱鎮圧という大義名分で誤魔化しているが、支援している亡命政府はあくまで帝政ルーア。和平交渉をしているにも関わらずかつての帝政をいつまでも支援するなど、共和国は看過できないだろう。
現状の規模の軍隊派遣による支援の継続により、ルーア共和国との関係は悪化。最悪戦火を交える状態にもなりかねない。
北部離反軍とも戦闘を継続した挙句、首都サント・プラントンは瞬く間に陥落。連盟政府200余年の歴史に終止符が打たれる。
さすがに自らの代で連盟政府が斃れたなどと言う不名誉を負いたくない貴族たちが何もしないというのはありえない。
だが、その状況から立て直せるほど優秀な人材がいるなら元からこうはならない。
そして困ったことに国というのはどれほど潰れそうであっても、すぐには潰せないものだ。連盟政府中枢は各自治領を放棄し占領軍に管理運営のすべてを丸投げし、後始末という体の良い面をした次世代へどう責任転嫁するかの議論と弁務官たちの無様な保身活動が始まる。
選択肢から除外したほうがいいだろう。
ありとあらゆる可能性があるが、私たち商会にはどれがいいのか。
言うまでもありません。どれでもいいのです。
私たち商会はどれでも構わない。無責任にどれでもいいのではなく、責任をもってどれでもよい。
遅かれ早かれ、戦争は終わる。そして、シナリオが千や万あろうとも、私がカルル閣下の影にいる限り、閣下の軍隊に“負ける”という結果は訪れない。
そして第二スヴェリア公民連邦国を必ず建国させる。その規模の大きさに関わらず、たとえ強引になったとしても。
そうすればエインとルードがはっきりと別れ、やがてお互いの価値を競い合う未来が訪れる。戦争に勝った方が使っていた通貨が有利になり、そこに戦勝国と戦敗国という不平等が生まれる。
それからは血の匂いも硝煙の匂いもしない、資本による競争が始まる。イズミさんの理想としている戦争のない世界。彼の野望の邪魔には決してならない。
金儲けは戦争だけでできるのではない。戦争はただ最も効率がいいだけなのだ。