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回る物を回す者 第八話

 閣下はシバサキの描かれた羊皮紙を机に静かに置いた。手から離れるとすぐさま丸まり、ゆらゆらと揺れている。


「嘘を嘘で塗り替える気か? ならばこちらが聞いた話を全てしてやろう。ムーバリ上佐、来い」


「お呼びですか、閣下」


 テントの隅でまるで備品のように硬直し背景と同化していた男が動き出して一歩前に出た。

 閣下はその男を一瞥した後、私の方を向くと、「先ほど、お前を案内したこの男はスパイだ。私が知ったのは先ほどだが」と紹介するように言った。

 モンタン、今はムーバリと名乗る男と私は面識がある。共和国への魔石密輸の際に、直接ではないにしろ、彼の姿を幾度となく目撃している。見ている以上、見られているのは必然だ。

 だが、ムーバリはたまにする瞬き以外の反応は見せない。お互いに知らないふりをするのが得策と心得ているようだ。そのほうが私も助かる。


 閣下が再びムーバリを見ると、「知っていることをすべて話せ」と命令をした。


「お前が以前話していたのは、共和国で人間が長官選挙に大きく介入していたこととイズミが共和国にいたということだけだった。

 しかし、私はムーバリ上佐の話を聞いたうえで至高の賢者と名乗る男の言葉を信じたのだ。上佐、そこで誰が何をしたのか、この商会の娘と食堂の従業員に具体的に説明してあげたまえ」


 はっ、と敬礼をするとムーバリは一歩前に出た。


「では失礼ながらお話させていただきます」と言うと、姿勢を正した後、ざっと音を立て肩幅に足を開き背中で手を合わせると話を始めた。


「まず前提として、私が知っているのは共和国で見かけた以降のイズミについてのみです。彼がした連盟政府内での難民エルフ殺害については、そのような行動があったという事実以外に知ることはありません。

 私の見た共和国での彼は、金融省長官選挙と言うルーア共和国の国家首脳を決める選挙で和平派候補を長官にするために奔走していました」


 閣下はムーバリの方へ慌てて顔を向けると、「待て」と話を遮った。


「それでは剣士風の男と言っていたことが違うではないか? 正確なことを言え」


「事実です。イズミは和平派エルフに変装し、人間・エルフとの和平に向けて動いていました」とムーバリは姿勢を変えずに答えた。


「ふざけるな! 言っていることが違うではないか! 貴様の話で私はあの男の話を信じたのだぞ!」


「閣下、ご自身がたった今おっしゃられたように、私がこれまで閣下にお伝えしてきたのは、共和国で人間が長官選挙に大きく介入していたこととイズミが共和国にいたということだけです。それに私は自称至高の賢者とやらの話を直接耳にしたわけではありません。

 お言葉ですが、閣下自身の中でそう解釈されていたのでしょう」


「では何故それ以降で具体的に話さなかったのだ! 何度も私の話を聞いていたはずだ!」


 閣下はテーブルに手をたたき付け、ムーバリへ声を荒げた。しかし、ムーバリは無表情のまま、「具体的な命令がありませんでしたので」と答えた。


「何を言っている! では貴様はこれまで様々な話を聞いていながらそのすべてが事実と異なることを知っていたのか? それが許されるほど甘くないぞ。ムーバリ上佐を捕らえろ!」


 閣下の言葉に指揮官たちは一斉に構えた。しかし、すぐにムーバリを捉えようとは誰一人しなかった。

 このテントの中にいて一番地位の低い者はムーバリであり、下の者を拘束する手間は自分たち指揮官のすることではないと思って誰も動こうとしないようだ。

 それを分かっているのか、ムーバリはやや首を動かし閣下を流し目で見つめた。


「閣下、ご自身の中での解釈のみで至高の賢者を自称する者の話を盲信した挙句、それの登場人物の話をまともに聞かずに処罰を与え、あまつさえ過不足無く指示に従った私も処罰するのですか。

 少なくとも私の話を最後まで聞かずに処罰すれば、あなたはただの独裁者となりはてます。

 かもしれないという疑心のみで処罰をするのは()()()()()()()()とさして変わりがありません。

 そして、ここにいるのは、閣下と私と商人の娘だけではありません」と私、隣でたたずむカトウさん、そして話に置いていかれ固唾をのんでいるだけの指揮官たちをチラチラと見回した。

 彼は続けて、「それをよくお考えになってください。自らを独裁者たらしめるのは自らなのですよ」と総統としての器量を試すような物言いをしたのだ。


「黙れ! 私は独裁者などには決してならない! ならば話を続けろ! ただし嘘をついてみろ。その場で頭を撃ち抜くぞ!」


 腰につけていた小型の銃を外すと、ムーバリの方へと砲身を向けた。しかし、撃鉄と言われる部分は起こさず、引き金にも指は掛けていない。

 にわかに知った銃の知識によれば閣下の銃はまだ発砲準備完了段階には達していない様子だ。撃鉄を起こし、さらに引き金を引くという冗長な動作の間に、ムーバリが閣下の懐に入るのは造作も無いことだ。それをわかったうえで閣下は脅しをかけているのだろう。


 真相が明らかになりつつあり、どうやら焦りが生まれてきたようだ。


 しかし、閣下のおっしゃる“嘘”とはこの場合いったいどれのことを指すのだろうか。閣下にとって不都合な事、ではないだろうか。認めたくない事実。例えば、命の恩人を犯罪者に仕立ててしまったのは自分であるかもしれないという不都合とか。

 だが、嘘つきムーバリ(不都合な真実を語る者)であっても、ムーバリは眉間を撃ち抜かれることは決してない。閣下がどれほど砲身を鈍く光らせようとも、そのわずか8インチの空洞にはムーバリの言葉と独裁者の汚名が湿った木くずの如くぎっしりと詰まっているのだから。

 閣下はカトウさんが釈明に来たことで私との商談を一時的に止め、その押されつつある流れを変えようとしたが、逆にさらに追い詰められてしまったのだ。

 ムーバリの目的は分からない。だが彼にとってイズミさんを貶めることにメリットもデメリットもない。彼はおそらく今以上の真実を述べる。


「かしこまりました。では」


 ムーバリは両手を上げ掌を閣下に見せながら机に歩み寄り、丸まっていた羊皮紙を持ち上げ広げた。

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