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回る物を回す者 第七話

「まぁ、それは置いておきましょう。

 さて、事後に私たち商会と協会が作成した共同報告書を一部抜粋して申し上げます。

『橋を落したのはシバサキである。自らの立案した無謀な作戦を成功させることができずに逆上し、彼にとって最良ではあるが、彼以外には最悪な手段である橋を落すという思い付きを躊躇なく行った結果である。よって、本件の責任所在はシバサキの部下イズミにはなく、シバサキ本人にある』となっております」


 実はこの後には、シバサキが激高した原因はイズミさんがシバサキの命令を失敗したことによるとも書いてあるのだが、それは無視しておこう。

 シバサキの指示もおよそまともなものではなかったし、言い方は悪いが、初期の頃のイズミさんは確かに()()()()()()()のは事実だ。


「私を陥れるために周到に準備などしていない、とでもいいたいのか。状況とは絶えず変化するもので、偶然はすべて掴まなければならない。

 そのシバサキと言う男がやったことをイズミが利用しようとしたのではないのか?」


 重ねて言うが、あの頃の彼はどんくさ過ぎてそのような器用なことをできるわけがない。


「生憎、私の知るイズミさんはそんなに計算高くありません。会って話をしているならそれもお分かりになるかと思いますが?」


「大賢愚かなるが如し。彼は今賢者と言われているではないか。それにはどう理由を付ける?」


 説明を求める閣下に、イズミさんはずいぶんと能力を買われている様子だ。それは今でこそ、である。


「立場と言う物は私たち商会が与えた物。かつての勇者という立場も私たちの与えた物であるのと同様に、賢者もそうなのです。

 ろくに調査もせずに間違った情報でイズミさんを拷問をしてしまった結果、その諮問機関が私たち商会に多額の寄付を納めた後、彼に与えられたものです」


「……なるほど、口止めか」


「ご理解いただけた様で何よりです」


 理解の速い閣下へ微笑んだ。しかし、そうは言うものの、商会とて安易に賢者の立場を与えたわけではない。


 イズミさんは口止めで賢者になれたのは確かであり、どんくさいところばかり目立っていた。しかし、当時から潜在的な評価は決して低くなかったのだ。

 事実、シバサキからの完全独立後の活躍において賢さ以外の運やそのほかの何かは目を見張るものがあり、人間・エルフの両社会において転機となる数々の事象に大きく関わっていった。賢者と呼ばれるにふさわしい、その何かがあるのは確かなのだ。

 しかし、称号に関して与えたはずの私たちもどこかに違和感を覚えている。やがて暴走し手に余るような権限を持つその賢者などと言う立場は、果たして本当に私たち商会の与えた物なのだろうか。


 余計なことを考えてしまうと隙ができてしまう。咳払いをして話を続けた。


「お話を続けましょう。その後、イズミさんはブルンベイクのパン屋でアルバイトをしていました。その間の行動も商会は逐一監視していました。

 その時、私と言う商会の代表と仲良くしてはいましたが、彼は連盟政府、商会、それだけでなくこの世界そのものにとって異分子ですので。

 しかし、そのころ彼はまだ世間を知らず、魔王などと言うまやかしの存在がいると信じ、エルフも醜悪な魔物の一部と考えており、連盟政府と長年惰性で戦争をしていた者たちがエルフの共和国であることすら知りませんでした。そのような状況でエルフを操ることなどできるでしょうか?」


 静かに話を聞いていた閣下が「だが、」と口を開いた。「その直後、共和国に行ったというのだな?」と尋ねてきた。話の飛躍が気になるのだろう。


「当時所属していたチームの解散、ノルデンヴィズ職業会館での演説など色々ありましたが、確かにエルフ関連ではそこまで話が飛びますね」


「お前は自分で話していておかしいと思わないのか? そのような無知な男が何故いきなり共和国へ行くことになったのだ? 話に脈絡がなさすぎるぞ」


「確かに唐突ですね。ですが、イズミさんが真実に触れる機会に遭遇したのも唐突なことでした。と言うのも、」


 ちらりとムーバリの方を向いた。彼は微動だにせず、視線を上に向けて気を付けの姿勢で立っている。


「連盟政府に潜入し貴族のふりをしていた共和国の工作員と遭遇し、その貴族の護送する依頼を受けたからです」


 これ以上は言う必要はない。言葉と視線の意味を理解したのか、案の定、カルルは黙った。

 スパイは自分の下にしかいないというのはあり得ない。離反にこぎつけるまでに彼もどれほど諜報活動をさせてきたのか。

 それにムーバリ、いやモンタンがここにいると言うことは、他にも彼のような存在が何人もいると言う事実にも気づいているはずだ。


「さらにお伺いいたしますが、そのイズミさんによる策略だという話はどなたからお伺いになったのですか?」


「剣士風の、」


「剣士風の50手前の青マントを着た、商会が与えた覚えのない賢者を自称する男。60代くらいの男と行動を共にしていた、ではありませんよね? 例えば、こんな感じの」


 閣下の言葉を遮りながら鞄から羊皮紙を一枚取り出し、丸めたまま彼の目の前に転がした。

 彼の親指に軽く当たると止まり、ゆらゆらと揺れている。


「未だに羊皮紙を使うのは商会の伝統でしてね。些か見辛さがあると思いますがご容赦ください。

 それはある男の似顔絵です。商会は顔と名前をはっきりと把握するために、皺の一つほくろの一つに至るまでの精巧な似顔絵を描くのですよ。お客様に失礼のないようにですね」


 カルルは手元の羊皮紙を開き掲げるように見ると、眉を寄せた。


「これは……伝えに来た男とそっくりだな。なぜ貴様が持っている?」


「それはかつて仲間でしたからね。リョウタロウ・シバサキという、その紙に描かれた男と」


 掲げていた手が下がり、私を怪訝に見つめた。


「シバサキ……、まさか橋を落した男のことか?」


「そうです。橋を落した男です。あの橋を突発的に落としたのはシバサキと言う剣士風の男です。

 私はこの目でその橋を落す光景を目の当たりにしました。シバサキは自らが橋を落したことをイズミさんのせいにしました。彼は当時勇者でした。勇者と言う立場は今でこそ廃止され何の権限もありませんが、当時はかなり強い権限を持っていました。

 橋の件が明らかにされた後もシバサキは処罰されることはなく、その後も何事もなくのうのうと活動を続けています。

 彼が何をしようとしているのかはわかりませんが、またしても何かの責任をイズミさんに押し付けようとしています。

 残念ながら、イズミさんにはめられたというのはその男の作り上げた話です」


 さて、そろそろ彼が出てくるはずだ。

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