回る物を回す者 第六話
「橋の件……。イズミが私に責任を押し付け陥れたあの話か」
「イズミさんが閣下を救出したのはブルンベイクとノルデンヴィズを繋ぐ街道沿いでしたね」
「そうだ。イズミはその後私を救出してくれた。背中に火を放ってまでな」と嫌味交じりに答えた。
「商会の情報網によれば、あなたが護送中に襲撃を受けたのはノルデンヴィズ南部と伺っております。
後のブルンベイク同様、街の近くにエルフが出れば大騒ぎになるはずです。
しかし、ノルデンヴィズの街は大騒ぎにならず、それどころか近隣でのエルフの目撃情報すらありません。
つまり、エルフたちはノルデヴィズを迂回して北部へと向かったと言うことになります。
迂回するには川を渡らなければいけません。街には東西に大きな川が横たわっていて、西側には橋が二つ、東側にはかなり遠く離れところに古い橋が一つ架かっています。
西側の橋の一つは大きな橋で人通りも多い中心的なう回路、もう一つはかつて使われていて今では近くの数軒の農家が希にしか使わない古い物。
街に入らずに北へ抜けるにはどちらかを渡ってしまえばすぐですが、大きな橋は目立ち過ぎるので使えません。
ですから、目立たないようにするにはもう一つの小さな橋を使えばよかったのです。しかし、彼らは川を渡るために反対の東側の遠く離れたところを通過していました」
「難民エルフの話など関係あるのか? 護送車のまま誘拐され、移動の際に外の様子は見えなかった。だが、確かに時間はかかっていたな」
「ノルデンヴィズから離れた東側での目撃情報ならありますよ。クイーバウスの零れ水たちが『不釣り合いに堅牢な馬車を引く醜悪なエルフの一団』を見かけたというものです。これはあなたを誘拐したエルフたちで間違いないでしょう。
ですが、迂回するにしてもそれはあまりにも遠回りなのです。
しかし、なぜそうせざるを得なかったのか、遠回りをしなければいけなかったのか、お分かりですか?」
「目立たない西側の橋が通れなかったからだろう」
「そうです。それはあなたが捕まる原因となったその古い橋が落ちていたからなのです。あの橋であれば目立ずに北へと抜けられる。
それ故に多少の危険を冒しても難民たちが秘密裏に使うにうってつけでした。
その後、橋を落したのはイズミさんの責任と言うことになり彼は捕縛され、大分拷問を受けたそうです。彼自身はそのショックのあまりかすっかり忘れているようですが」
「それが何故私の責任になったのだ?」
「ご存じないでしょうね。うやむやにされていますから。諮問機関のメンツですよ。
商会のヴァーリの使徒、つまり私、レアのことですね。それともう一人、居合わせたヴィトー金融協会の101支部の方が真相を両会の名義で諮問機関に直訴した結果、イズミさんのせいではないと判断されたのです。
その後、勇者と言われていた立場の人間の言葉を安易に信用し諮問機関が自らの落ち度を隠すためにとった策で閣下が捕まったのです」
カルルは促す様にこちらを見て黙っている。言葉を挟もうという気配はないので話をつづけることにした。
「そう考えると、あなたが捕まる直接的な原因になったのは私たち商会とヴィトー金融協会であることの方が強いでしょう。
もちろん私たちがそうしろと言ったわけではないですよ。ですが、カルル閣下、あなた自身にも責任はありますよ?」
責める様に上目遣いで閣下を見つめると、顎を持ち上げ見下ろしてきた。説明しろと無言で圧迫してくる。
「閣下が捕まる理由は“隣の領主が権力掌握のためにいさかいを起こす危ない何かを商会ルートで輸送しようとしたところ事故が起きた”となっています。
もちろん事故など起きていませんが、閣下が秘密裏に荷物を運ぶように商会に依頼していたのは事実ですね。秘密依頼の情報が諮問機関に漏れたのは私たち商会の落ち度です。
しかし、報告の中にある“隣の”というのは“どこの”とは明記されていません。あなたが使い、そしてのちに落とされた橋はノルデンヴィズのあるシュテッヒャー領ですが、あなたのイングマール領とは接していません。ですが、クイーバウス領とはわずかに隣接していますね。
……ああ、この話は今はしなくていいですね。過ぎたことですから」
オホン、と咳き込み気を取り直して話を進めた。
「しかし、その後、秘密漏洩に関して、信頼に悖る行為であるにもかかわらず閣下側の関係者から商会への追及はありませんでした。密輸に連座した人間は捕まりましたが、全員ではありません。いったい何を運んでいたんですかね?
積み荷について何も知らされていませんでしたが、私たちにはとても軽いものに思えましたよ?
作業した人の話では、土塊の入った小さな木箱、壊れた奇妙な楽器、それから古い楽譜だったそうですね。あなた方は東の砂漠について何を調べているんですかね?
何も言えないと言うことは、この離反と大きく関係のある物なのではないですか?」
カルルの私を見る目が一瞬で鋭くなった。だが、それでいてただ脅すだけでなく、焦りの色が見える。
何か、離反に関係のある、とても重要な物資のようだ。