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回る物を回す者 第五話

 通報だけでいいと私は伝えたのだが、カトウさんはここまで来てしまったようだ。


 通報、という言い方はイズミさんがまるで悪いことをしたようであまり気が進まないので、連絡をしたが正しいだろう。

 閣下の疑いを晴らすのは簡単なことだ。商会と金融協会が証言をすればいいだけのこと。

 閣下は中立性を保つべき協会を利用して離反を起こし協会内部に分裂をもたらした。しかし、協会は未だに多くの財源を強く握るので信用に値する機関。現時点で連盟政府側の協会の書類であっても閣下は無下にはしない。


 しかし、それだけではどうも事務的で、人と人のつながりが見えどくどくと血の通ったような見た目にはならない。カトウさんが来てくれたことで友情やら勇気やら、生臭いそれを醸し出すことができる。

 それにこれは閣下の人となりを知るいい機会だ。ここでカルル閣下が商会と協会の判子とサインだらけの事務的な報告に重きを置くか、それともカトウさんとイズミさんの熱い男同士の友情物語に情を動かされるか、それで今後のお話も変わってくる。

 しばし、私は傍観者にならせてもらおう。


「閣下、これは失礼いたしました。難しいお話ばかりでしたね。私は一度下がりたいと思います。そして、そのカトウと言う者のお話を伺ってはいかがですか?」


 首を僅かに傾けて閣下にそう語りかけた。


「閣下、大事なお話の最中だとは思いますが、いかがなさいますか?」


 モンタン、ムーバリが首だけを閣下の方へ向け、そう尋ねた。


「構わない。少し頭を冷やす必要があった。この小娘に言いくるめられるところだった。ちょうどいいから連れてこい」と目をつぶり、掌で顔を覆うようにしてこめかみを押さえている。


「では、失礼いたします」


 カトウさんとの面会を了承した閣下の返答を噛み締めるようにゆっくりと頷き、テントの隅方へと移動した。


 伝令の兵士がカーテンの裏に消えると、入れ違うようにすぐさまカトウさんが現れた。そして、中に入って来るや否や、閣下の机向かいに立ちはだかりバンと両手をついた。


「センパイは! イズミ先輩は何も悪くないッス! そんなの嘘に決まってるッス!」と大声を上げている。早速ですか。いいですね。いかにも情熱的で。


「君! 失礼だぞ! 閣下の御前だぞ。口と行動を慎め! ムーバリ上佐、君も止めないか!」


 別の指揮官がカトウの行動を咎め、それを抑えないムーバリも注意した。しかし、ムーバリはガラス玉をはめた陶材のような眼球をぐるりと動かし、視線だけをその指揮官にジロリと送った。

 ここに並ぶ指揮官たちの階級はもれなく上佐よりも上でありムーバリの地位はここでは最下位だが、上佐でありながらここへと出入りできるほどの閣下の右腕であり、強く出られないようだ。睨まれた指揮官は歯と拳を握り、ぎりぎりと音を立て黙った。


「だいぶ必要なやり取りがなく突然だな。ヨシアキ・カトウとか言ったか。ノルデンヴィズでの店は好評なようだな。料理の腕前はかなりの物と聞く。一度食べてみたいものだ。そして、イズミの仲間だったと言うことも把握している」


「だった、じゃないッス! 今もこれからもセンパイの仲間ッス!」


 カトウの威勢のいい言葉に閣下は、ほぉう、と呻り静かに笑った。犯罪者の仲間に連座されればおとなしくなると思ったのだろう。


「だいぶあの男を慕っているようだな。羨ましいほどだ。では、貴様もイズミの肩を持つと言うことか? それが犯罪者の肩を持つ、つまり共犯者になると心得ているか?」


 閣下は肘をつき、口角を上げながらカトウを見つめている。カトウはぶるぶると震えながら背筋を伸ばし、両腕を突き出した。このまま押されてしまうのではないだろうか。


「そ、それは嫌ッス! けど、だけど、嘘は嘘ッス!」


「根拠はあるのか?」


「根拠……こ、根拠になるかはわからないッスけど、イズミ先輩は閣下を助けたことで救われたてたんッス。ずっと言ってたッス。

 エルフを何人も殺したけど、閣下のことは助けられたって。何人かなんて数えてもいないんじゃなくて、数えたくなかったんッス!

 そのブルンベイクの件からしばらく経って、オレは先輩とペアを組んで活動してたんス。その時に話を何回も聞かされたッス。だから、センパイが閣下を嵌めて誘拐するなんてありえないんッス!」


 カトウさんは額に汗を浮かべながら前のめりに閣下を見つめて真相を訴えようとしている。来てくれたのはありがたいが、カルル閣下を説得するには少しばかり言葉が足りないようだ。

 だが友人を助けたいという熱意は伝わったのではないだろうか。もしここで閣下の心の中に微塵にでも情が湧けば、自分の心中に確固たる信念があったとしても、情が目を曇らせて一人での判断ができなくなり誰かに助言を求めるはずだ。


「ムーバリ上佐、どう考える? 共和国のスパイでもあるのだろう? イズミはエルフと結託していないと言えるのか?」


 やや沈黙ののち、閣下はカトウさんの傍で立ち尽くすムーバリの方へ首を向けた。どうやら右腕たるモンタンに助言を求めたと言うことは、閣下も人間のようだ。


 尋ねられたムーバリは一歩前にでると、「イズミは現行の共和国首脳陣とは非常に近い立場にあります。ですが、選挙戦以降でエルフと結託し何かを大きな企てをしている可能性は限りなく低いでしょう」と閣下の質問に答えた。


 困った人だ。どちらともとれる曖昧な返答。人間は迷ったとき、それを自分の都合のいい形で受け取る。このままでは閣下はえんらえんらと燃え上がる私怨にまみれた方を選んでしまう。

 ここは私が出て説明をするべきだろうか。否、迷う必要は無い。

 商人としてありのまま真実を包み隠さず伝えてしまえば商機を失うかもしれないが、その商機というものは、決して口に出してはいけない言葉である“信頼”で成り立つのだ。

 何も言わないという選択肢もあるが、知っているのに言わないことよりも、何かを言った方が“信頼”の後の獲得につながる。まるでそれまでの行い全てにより信頼が培われてきたかのような顔をして間柄に割り込むのだ。

 ここは一度イズミさんの肩を持ち、閣下の考えを導くとしよう。


「少しよろしいですか?」と手を上げると、閣下とカトウさんの視線がこちらを見た。


「その件ついても私から説明いたしましょう。カトウさんは食材での私の得意先でしてね。少し庇いたくなってしまったので。カトウさんはあの橋の件のだいぶ後にイズミさんと知り合いましたから、共犯と言うのは突飛かと思いまして」

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