回る物を回す者 第三話
「何度も言うが、渡すことに異存はない。だが、大きな懸念を将来に残すことになるのだ」
「懸念、ですか。お聞かせ願えますか?」
「能力主義、と言うのを知っているか?」
「今の話とは関係がないように思えますが……。能力次第でどこまで上を目指せるというシステムですか。世襲が強い世の中では珍しい考え方ですが、平等に機会が与えられるともっぱら評判ですね。
閣下の理想とする軍隊や政治を確立するために、システムに組み込まれるおつもりですか?」
「逆だ」
閣下は何か強い意志を持つかのように即答した。
「その能力主義こそ排除せねばならない。私の目指す国家では能力主義は徹底的に排除する。そうなるとやがて貴様らのような商会は必要が無くなるからだ」
「興味深いですね。何故ですか?」
「能力主義の集団において、人間は個人が持つ能力の最大限まで出世できる。
出世を繰り返し、やがて最大限能力を発揮できる地位についたとしよう。もちろんそこでも最大の成果を上げれば、さらに出世をすることができる。
だが、自らが持つ能力の最大限以上の成果を要求される立場へ出世することになる。伸びしろを使い切った状態で出世するということだ。
その結果、ただの無能になり下がってしまう。それを繰り返せば能力主義はやがて我々を無能の集団へと導く。
それはなんとしても防がねばならない。そのためには知識は平等に与えられ、結果だけを重視しなければいけない。そうなると職の自由は与えられなくなる。
階級を排し、適正を精査し、もっとも成果を上げられる職と立場に国民全員を就かせるつもりだ。
だがそれも完全では無い。平等な社会にも関わらず、不平等であると抱くのは人の性。自分の方が苦労している、多く貰って当然だという思考を持つようになるはずだ。
それを防ぐため、産業・科学・魔術の粋を結集してありとあらゆる仕事の効率化を図る。
オカルトから毛が生えたような科学だけではどうにもできないが、かつて奇跡と呼ばれ発展し続けた魔術を合わせれば可能なはずだ。
衣、食、住、職のすべてが平等に分配される私の理想とする社会には貨幣すら意味を持たなくなるだろう。売買の理念が消滅するのだ。つまり、商人の消滅を意味する。
商人たちの力は今現在必要である。だが、それは目先のことでしかない。長期的な視野で見れば必要がなく、提供した技術をいたずらに流出させるだけの結果が残ってしまう」
硝石は欲しい。銃もくれてやる。だが、後ろ盾はいずれ追い出す。
なるほど、売買の一切を消滅させて最終的に私たち商人を追い出してしまうつもりだからということか。
何も言わずに手を取り、裏では利用するだけしてやろうとはせず、将来的に訪れるであろう商会へのデメリットを隠さない点において、閣下は信頼に値する。取引相手には申し分ない。
今の時点では取引には消極的。しかし、現状で硝石は喉から手が出るほど欲しいはず。
仮にここで契約を成立させて硝石を持ち込めば、閣下は間違いなく戦線を拡大する。そして、戦線が伸びきれば伸びきるほど必要な物は後から後から増えてくる。
そうなれば、私たちのような商会は必要不可欠になる。戦線において補給の迅速さは代えがたい物だ。
硝石の確保で築き上げた流通ルートがその時点では最も大きい物であることは確実であり、そして何より硝石以外の物もそこで確保することが最速となる。
その点においては、これから生じる可能性であり閣下に伝える必要は無い。現時点で私と閣下がしているのは硝石だけの話なのだ。
だが、問題はそれよりも遙か先にある。
ベスパロワ家と言えば初代が無能と言われているが、決してそんなことはない。無能なふりをして必要の無い争いを避けていただけのだ。
初代と比べれば、当代カルル閣下は些か賢過ぎたようだ。たといそれがふりであっても、無能であろうとは決してしない。国を興すには十分な敢為の気性の持ち主であることは確かだ。
だが、お考えになっている社会構造は果たして成り立つのだろうか。甚だ疑問が残る。
確かに魔法と科学技術をもってすれば全てを平等にならすことはある程度可能である。だが、それには団結が必要となる。全体の団結のために強制が必要になる未来が遠からず見えてしまうのだ。
すべてを平等に至らしめるには、そのすべてを一度一所に集め、そこから様々な物をすべて再分布しなければ成り立たない。それには強固な団結が必要なのだ。個人の利益は否定され、やがてはイノベーションを阻害してしまう可能性がある。
平等であるのは確かに美しい。だが、不平等にして競わせることで進歩発展はより活性化する。
すべてが平等であり才能を遺憾なく発揮できるという理念を掲げるのはいかにも市民には聞こえがいいが、私は賛同しかねる。
個人ではなく人々を豊かにするのは平等ではなく、不平等なのである。
「なるほど、素晴らしいですね。ならばそう言う契約で物事を進めればよいでしょう。必要な物を不足なく提供すればあとは何もしない。あなた方が何も必要としていないのに商会が物を無理に買わせるようなことはありませんよ」
「果たして、その必要な何かは硝石だけで済むのか」
カルルは眉をひそめて私を見ている。