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ノルデンヴィズ南部戦線 第二十三話

ややグロテスク注意です。


一般的なグロ閾値がわからないので、最初に書いておきます。

「密告者は解放されるらしい! ならばこれで私も自由の身だ! ここではお前たちが悪なのだ。私のしたことは正義の行いだ!」


 男は両手で格子を掴み、叫びながらなおもがんがんと揺らしている。

 移動式の牢屋は揺れ、左右の牢屋がぶつかるとそれは全体へと伝わり、テント全体揺らしている。目は血走り、口角泡を飛ばしてひたすらに絶叫しながら笑い続ける姿は狂気のそれだ。

 だが、捕まったことでプライドも何も捨ててしまったのか、騒ぎ立てるその姿は卑屈その物で哀れで目も当てられない。


「やばい。早く逃げるぞ!」


 今以上に状況が悪化する前に出なければと急かしたが、ティルナは無表情で男を見下ろしたまま微動だにしていない。まるで男を余計に騒ぎ立たせ、そこへ駆けつけてくる兵士たちを待っているかのようだ。

 そして、ついにバラバラの制服を着た兵士が三人ほどテントの中へ入ってきてしまった。

 三人を見た貴族の男は勝ち誇ったように喉を鳴らし笑顔を浮かび上がらせ、


「そこの三人が脱獄者と手引きした奴らだ! おまえら、私を早く解放しろ! 脱獄を許さないお前たちに協力したんだ」


 と格子を掴んでガタガタと再び揺らし、早く出せと言わんばかりに兵士の一人へ手を伸ばし、服の端を掴もうと掌に弱った力を籠めて開いては閉じを繰り返している。

 すると「いいだろう」と近くにいた兵士の一人が格子の方へ振り向くと銃を構えた。そして、悲鳴を上げる間もなく、パン、と軽い破裂音がした。

 音の反響が収まるよりも早く格子から伸びていた腕がずるりと中へと引き込まれていき、べしゃっりと水たまりを勢いよく踏みしめる音がした。

 遅れて格子の間から血が膨らむように広がり、ちたちたと地面を赤く染めている。


 すぐさまむわっと広がった血の匂いは、逃げださなければいけない俺たちの足を硬直させてしまった。

 銃の上部のレバーが引かれ、小さな金属の筒が銃から踊るように捨てられると、チリンチリンと音がテントの中に響き渡る。二、三度跳ねた薬莢は血の流れだす檻の中に飛び込み、その後は音がしなかった。撃った兵士は素早く弾を込めてすぐにこちらへと構えなおした。

 彼らにどういう指示が出ているかわからない。少なくとも俺はすぐに殺されはしないはずだ。

 だが、ティルナは完全に部外者でカミュに至っては脱走者だ。すぐさま銃殺されてしまうかもしれない。幸いにも武器は三人とも銃だけだ。

 俺は壁になるべく、兵士と二人の間にさりげなく回り込んだ。


「まずい! とにかく移動魔法で!」


「待ってください! 目撃者が少なすぎます。せめて私がティルナ・カルデロンであることを知らしめなくてはなりません」


「おい、ティルナ! カルデロンがここから助け出したってことは、このカルルの軍勢に対するユニオンによる敵対行為だと取られるかもしれないぞ!? 三つ巴にするつもりか!? それだけじゃない! トバイアス・ザカライア商会の人間も……」


 俺も撃たれるかもしれないという恐怖に支配され、ティルナに怒鳴ってしまった。


「果たしてそうでしょうか」


 それにもかかわらず彼女は冷静に俺の言葉を遮った。


「私はそうは思いません。今の、イズミさんも見ていましたね?」


 ティルナは言った後、広がり続けている血の池をちらりと見た。今の、と言うのは領地主があっさり殺されたことを指すのだろうか。


「カルルから奪還したことよりも、私が、ティルナ・カルデロンがカミーユ・ヴィトーを救出したことの方が重要なのです」


 この期に及んでなぜそこにこだわるのか。そこにあるのはもはやティルナの抱いているカミュという友人を失いたくないという感情だけではないのは遅れながら俺は理解した。

 さらに、何かを悟ったカミュは険しい瞳になり、何も言わずに俺を見ている。

 ティルナは、この調子ではそれどころかカミュさえもラド・デル・マルにポータルを繋げたとしても意地でも通らないだろう。

 この二人はともに大きな組織の中枢に非常に近い。それが関係しているのは間違いないのだが、理由の如何をのんのんと考えている場合ではない。死んでは元も子もないのである。


「じゃあ、とりあえずテントの外までポータルを繋げる! それから走って基地を出るぞ!」


 ティルナに支えられていたカミュが顔を上げた。


「イズミ、申し訳ないのですが、私は少し弱ってしまったようで足腰に力が入らないのです」


 するとティルナは不安がるカミュを覗き込み、「センパイ、いや、カミュちゃん、大丈夫。私が背負うから」とカミュの腰をぐっと持ち上げた。

 そのときのティルナは一瞬だけエスパシオの死の前に戻っていたような気がした。

 深い色をした目は奥まで透き通り、仲間を思う優しさと自信なさげな表情とは裏腹に芯のある輝きがある。

 久しぶりに見た元気で若々しいティルナの姿を見つけて感傷に浸りたいところだが、生憎そのような暇はない。

 だが、この救出劇にあるものは二人の背後のその大きな何かだけでないことはそれだけでよくわかった。

 すぐさまポータルを開くとテントの外は何人かの兵士がすでに集まり、銃を構えている。ついでに強化魔法と防御魔法を三人に掛けた。


「さぁ、二人とも。思いっきり目立って駆け抜けるぞ! まっすぐ言って右に曲がれば外に出られる!」

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