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ノルデンヴィズ南部戦線 第二十一話

 中の温度は、外に比べて若干温かい程度だ。床には外からつながった冷たい土と踏み荒らされた枯れ草が奥まで横たわっている。

 隙間風は低い混声合唱のようなうめき声を上げて入り込み、真ん中の通路に沿って天井からぶら下がりハム音を鳴らす魔力灯をゆらゆら揺らした。

 灯りはどれも弱弱しく光り、魔力が切れ始めてしまったものはちかちかと明滅を繰り返していた。オレンジと切れかけの赤の光りによって何かの影は大きくぼやけたり小さくはっきりしたりと不安定に地面に映し出されている。

 切れかけの薄暗い照明の周りにいる死に損ないの蛾たちが、早すぎた冬に驚き縦横無尽に飛び回り影を床に大きく小さく映しだしていているようだ。


 足下に横たわり弧を描くように付いた地面の轍の先には、移動式の牢屋のようなものがずらりと並んでいた。思った通り、そしてレアに聞いた通りここは収容施設のようだ。歩くほどにブーツは泥にまみれていく。

 だが檻の中は何と劣悪な、というほど不衛生ではなさそうだ。しかし、まるでサーカスの動物を運ぶ檻の様で、見ていていい気分がしない。

 その檻の中には何人かの囚人がいるようだ。皆一様に着ている服は汚れているが、上質な物や派手な服飾の物を身に着けた人が多い。おそらく、カルルの意にそぐわなかった自治領の役人たちなのだろう。


 おとがいを突き出し看守のように高慢な顔をして後ろで手を組み、高く上げた顎で囚人たちを見下しながら奥に進むと見覚えのある金髪の女性がいた。服は薄汚れ髪は乱れているが、部屋は他に比べて清潔にされ隣を隔てるようにカーテンまでされている。その綺麗な金髪は間違いなくカミュだった。

 格子の前に立つと、牢屋の中に向かって伸びた影が彼女の頭にかかった。光を遮られた程度では反応がないので、さらに一歩近づきコンコンと人差し指で格子を叩いて声をかけた。


「おい、カミュ! 大丈夫か?」


 壁から突き出たベッドに腰かけて下を向いていたそのみすぼらしい女性に声をかけるとゆっくりと顔を上げた。青白く汚れ、寒さと疲労でやつれた顔がこちらを向くと、首を持ち上げてまじまじと俺を覗き込んできた。

 しばらく止まっていたかと思うと、次第に顔には驚きが満ち、希望を見出したのか血が通ったように色がついた。そして足を引き摺るように格子の前まで来て両手で掴むと、「イズミ!? なぜここにいるんですか!?」と出してはいけない大声を抑え込むようなかすれた声で囁いた。

 その声は抑えなくてもか細く、聞こえてしまうことはなかっただろう。


「それはこっちが聞きたい。捕まったなんて俺は知らなかったぞ」


「捕まったなんて連絡できませんよ。私は北部支部の……」


「聞いてる。レアにもあったぞ。それでモンタン、ムーバリに捕まったんだろ?」


 レアに会ったというと伝えると目を大きくした。青い目がキラキラ輝いている。


「レアに会えたのですか?」と微笑んだので、俺もそれに小さく笑い返し頷いた。


「とにかく出るぞ。ちょっと待ってくれ」


 キューディラを起動してティルナにつなげると、まるで待っていたかのように即座に応答した。


「ティルナか? カミュの場所が分かった。やっぱり捕まってた。だいぶ衰弱してるが無事だ。今檻の目の前にいる」


「わかりました。移動魔法は使えますか? カルデロン本宅までつなげてください。直接私がお伺いします」


「わかった」


 キューディラを一度閉じ、ポータルを開こうとした。

 ノルデンヴィズ南部からラド・デル・マルまでは距離があるのでポータル形成に時間がかかっていると、「イズミ、移動魔法はダメです!」とカミュが焦りだしたのだ。止めようとしているのか立ち上がり傍に来ようとしたが、筋力も衰えてしまっているようだ。歩き出そうとした途端に膝から崩れてしまった。


「大丈夫か? さっさと出る。出られたらラド・デル・マルに連れて行くからそこでしっかり養生してくれ。ティルナが面倒見てくれるはずだ」


「ち、違いますッ。くっ。そうでは、ないのです。移動魔法は……」


 再び立ち上がり、何かを言おうとしたカミュを差し置いてティルナを招くべくポータルを繋ぐと、すぐさまティルナが顔を出した。いつもと様子が違い、ティソーナだけでなくもう一つ大きな剣を背中にクロスさせるように携えている。カミュに使わせるつもりなのだろうか。

 何か焦っていたカミュは、ポータルから現れたティルナの顔を見るとおとなしくなり表情を引きつらせた。


「ティルナ、あなた、何かあったのですか? まるで以前とは様子が違います」


「先輩こそやつれましたね。細かい話は後です。とにかく脱出しましょう」


 ティルナは鍵穴にティソーナの先端を入れて軽くひねると、鍵はバラバラに壊れドアが軋む音を立ててゆっくりと開いた。

 すぐさま中に入り、ティルナがカミュを担ぎ出している。俺は借りてきた上着を脱ぎ、それをカミュに被せて、「じゃさっそく移動魔法を」と杖を掲げた。しかし、ティルナが腕を掴んで首を左右に振った。


「いえ、まずはこのテントから出ましょう。そしてノルデンヴィズへ向かいます。そこから移動魔法を使ってください」


「なんで?」


「私がカミュを救出したという事実が必要なのです。いえ、あなたの手柄を横取りしたいわけではないのです。ならば、カミュ救出に私が大きく関わったと言うことでも構いません」


 ティルナの言い分は少し気になる。だが、尋ねている時間はあまりない。二人を見て頷いて出ようとした時だ。隣の檻からしわがれた男の声がした。


「お前たち、逃げるのか? ならば私も出してもらえないか?」

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