ノルデンヴィズ南部戦線 第二十話
次に目を開けたときには尉官殿二人はばったりと気絶していた。
どうやらうまくいったようだ。これで監視の目から逃れられる。
方法は至って単純。彼らに説明した通りの雷鳴系の魔法を使って失神させたのだ。ユリナがやっていれば電紋付きの仏様ができていただろう。
少々間抜けな倒れ方をしている二人を丁寧に仰向けにして、傍で屈んで頸動脈のあたりに手をかざした。脈を感じ取れたので死んではいないようだ。一応生存確認。
並べた二人の間で脈をとりながら、
「君たちは職務に対して実に忠実であった。監視していろという命令のまぎれもない遂行、ご苦労。
だけどそこには間違いがあることに気が付いていなかった。それは俺から杖を奪わなかったことだ。
確かに俺の杖は俺以外には不誠実だ。だがそれでも何とかして取り上げるべきだったのだ。
オホン、さて、君たち二人には最後に教えることがある。
それは、脅威は移動魔法だけじゃないということだ。それを見逃していたのは君たちのミスである。
だが、カルル総統は失敗に対して簡単に処刑とか喚かないはずだ。始末書がんばれ、鉄青年、あばよ」
と最後の指導を終えて立ち上がった。
総統にとって私怨むらむらの重要な容疑者を脱走させてしまったのだ。私怨むらむらであるからこそ、懲罰はルールに則った物でなければ、私刑したことになる。
おそらく二人には何かしらの適切な処分が下ることになるだろう。今後カルルの俺への疑いが晴れたら、二人の処分は軽くしてもらえるように掛け合ってみよう。
愛想がよく可愛らしい笑顔のイルマと誠実で部下に対する思いやりを持つオスカリに対して申し訳なさも覚えつつも敬礼した。
横たわり泡を吹いているオスカリを見てふと思った。彼の上着は何かに使えないだろうか。
共和国での経験で軍服は着てさえ入れば実際に立場などなくても威を借りられる、というよりは威を偽れるので便利なのだ。
迷うことなく拝借させていただくことにした。前を止めていたボタンを外し、うつ伏せにして両手を引っ張り丁寧にもぎ取った。再び仰向けに戻すと白いシャツやらが泥んこになってしまっていた。
だが上着の下もだいぶ着込んでいるようだ。すぐには冷えきってしまうことはないだろう。上着は手に取って広げるとかなりの大きさだが、その大きさを生かしてコートの上から羽織れる。
イルマの女性用の上着も何かに使えるかもしれないな、とちらりと彼女の方を見たが、さすがにイルマの服を引っぺがすのは……。
さて、上着も借りられた。例の東のテントへ向かうとしよう。
しかし、二人を失神させたままこの寒空に放置するのはまずい。ここは西側だ。目的地たる東側から遠く離れてしまったが、それはそれで利用できる。
再び転がして回復体位を取らせた。そして、俺は肺一杯に息を吸い込むと、
「誰かー! 大至急来てくれー! 西側の広場だ! 魔法使いが二人失神したぞ!」
と口元を両手で囲みできる限りの大声を出した。
寄ってくるのは衛生兵だけではなく、野次馬も来るだろう。ここで大声を出して注目をこの二人に集めておけば東側は手薄になるだろう。
声に気が付いた誰かがさっそく集まってきたのか、ざわざわと声が聞こえ始めた。
「ここだー! はやーく!」ともう一度叫び、テントの灯りに人の影がうつるのが見えたのでその場を後にした。
見張りの二人を撒けたので人込みを除けるようにテントや簡易厩舎の裏側を回り込みながら東側に向かうことにした。
レアが移動魔法は極力控えたほうがいいと言ったので徒歩で向かったのだが、広い基地内を移動するのはなかなか面倒だった。
人込みを避け15分ほど歩くと、彼女が言った通り様相が違うテントが現れた。それは高さこそないがやたらと大きく平べったく、他の雪迷彩のテントの中ではまるで目立たせるかのように異彩を放つ真っ黒な色をしている。
そして、その中には別の四角い大きな何かが入っているようで、風が吹くとテントの布が動き、中に収められているぎりぎりいっぱいの大きさの何かの角が出ては消えてを繰り返している。
入り口は一か所しかなく、布製のテントなので破って入ればいいと言えばそうだが、あまり目立たないようにするには素直に入り口から入るしかないようだ。幸いにも先ほど拝借した上着があるのでそれを使うことにした。
コートの上から羽織ると、その上着は適度な大きさに膨らみ、まるで小柄だが筋肉質の男のような見た目になれる。
入り口付近の見張りに背筋を伸ばして胸を張って近づき、目を細めて目じりにしわを寄せ、いかにもベテランの上官の雰囲気を醸し出しながら少し頷くようにしながら右手を上げ過ぎずに敬礼すると、見張りは緊張した面持ちになり捧げ銃で返してきた。
以前共和国でユリナによって用意された偽の立場と軍服を纏っていた経験からどのように立ち振る舞えば偉そうに見えるかだけは心得ていたので、うまく見張りを誤魔化すことができた。入り口で用件を尋ねられることもなく、いたってあっさりテントの中に入ることができたのだ。