ノルデンヴィズ南部戦線 第十八話
乱暴にテントの外に放り出されしりもちをついた。少々雑な扱いをされたのは、これまで色々と迷惑をかけ続けてきたレアのお気持ちとして受け取っておこう。それと同時にテントの出入り口はバサッと乱暴に閉じられた。
泥のついたお尻を押さえていると、外にいた見張りの二人が俺の傍へ駆け寄ってきた。先ほど俺を連行した五人のうち二人の杖もちだ。
男の方が「さっさと立て!」と腕を掴んできたので、それをぐっと掴み返し立ち上がった。
「俺はどこで待ってればいいんだ? どっか行くつもりはないんだが」
「お前はどこからでも逃げ出せると聞いている。拘束は無駄なので自分たちが終始監視につく」
「ウンコするときも見てるの?」
「下品な奴め! 基地の便所は共同である! 食事も睡眠もすべて監視されているのは誰も同じである! もちろん糞もだ! 例外は許されない!」
言葉尻どれを取っても感嘆符が付きそうな、やたら声を張るかくかくした話し方はいかにも軍人らしく、堅苦しい。
「そうっすか。カン〇レック先生によろしく」
アイマム、とでも言った方がいいのだろうか。彼は怒らなかったのでいいだろう。
飯もクソも共同で最初は恥ずかしいが、時間が経てばそこが“無邪気な性質を帯びる場所”になるらしい。
日本にいた頃、読んだ本で似たようなこと書いてあったなぁと思いだしていた。きっと馬鹿話が飛び交い、四ジャック無しの大がけでもしているのだろう。
そんな真面目なこと言っておいて、実はどっかに個室見出して中に板きれを持ち込んで三人でトランプしているのではないか、などと言えばその大きな声が堅苦しいだけではなく、唾と怒りも飛んでくることになるので止めた。そもそも四角いいかにも軍人気質のこの男はしなさそうだ。
そして、俺はまだ幸いにも催していない。早いところカミュを見つけて逃げ出してしまおう。
だがそれ以前に、「おなか減ったんだけど」
ウミツバメ亭に先ほど立ち寄ったが、営業時間前であり食べ損ねてしまった。せっかくなら何かごちそうにありつけないだろうか。それに食べている時は人間が一番油断する瞬間だ。相手を油断させるならまず自分が油断すればいい。その隙にカミュのところへ向かえないだろうか。
「餓鬼め! まだ食事の時間ではない! 次の食事は明朝だ! 我慢しろ!」
だが、お馴染みのコンクリートの塊を投げつけるような声で間髪入れずにそう言われてしまった。今は夜とは言えまだ深夜ではない。八時間以上待たされるわけか。それは困る。
「じゃあ、寝たいんだけど」
もちろん本当に寝たいわけではない。カミュの救出に向かうために彼らを撒くためだ。
見張りの男が眉間にしわを寄せると、目の前まで近づいてきて胸倉をむんずと掴んだ。
「うるさい奴だ! ここは戦場だぞ。そんな呑気なことを言っていては勝利はおろか生存することすらできないぞ!」
先ほどよりもさらに近く、鼻の頭が額についてしまいそうなくらいの距離で口角泡を飛ばしてきた。近すぎて頭の上を光の粒が飛んでいく。
そらあなた方、職業軍人の話だろうに。俺も従軍したのならある程度気は張るが、民間人でしかも北部の人間ですらない俺にそんなことを言われても。
少し汚れ始めて汗くさい男の軍服の暑苦しさとパッパラキラキラと飛んでくる唾に、彼の胸のあたりを両手で押さえ引きはがす様にして、
「あー、はいはい。わかりました! わかりました! 了解でありますです、サーイエッサー、上官殿!」と半ばやけくそでいい加減に謝ると、彼は舌打ちをして胸倉から手を離してもう一人の女性の監視役の隣に背筋よく歩み寄り並んだ。俺を見る視線だけは最初から変わらない。
コートの方のあたりをくいっと引き、掴まれてゆるゆるになった襟を正して、恨めしそうに二人を交互に見つめてしまった。そういうことをすればこの上官殿はまたしても教育指導をしに来てしまいそうだが、微動だにしなかった。
さて、これからどうしたものか、レアが時間稼ぎをしてくれているようだが急がなければならないことに変わりはないな、と悩んでいると見張りの女性の方がもぞもぞ動き出し杖を持ち上げた。杖を体から突き放す様に持つと、そこからぱちぱちと雷鳴系の魔法が漏れ出している。
どうやら自らの魔力をコントロールできていないのか持て余しているようだ。漏れ出ては小さな電を地面に落として、ときどき足に落ちてはきゃあと小さな悲鳴を上げている彼女は、ユリナと同じ雷鳴系の魔法使いだろう。
慌てふためく彼女の様子を見ていて、頭の中に何かがピンと思いついた。
「その、女性の方、あなたは魔法使いですか?」
「えっ、は、はい! じ、自分は魔法使いであります!」
突然話しかけられたことに驚いたのか、半ば捕虜のような俺にまで敬語になっている。
「雷鳴系が得意なんですね。暇ですし、少しコントロールする方法教えましょうか?」
「馬鹿者! 貴様、無駄話をするな!」とすかさず先ほどの上官殿が入ってきた。
「無駄じゃありませんてば。どうせ時間を持て余してるんだし、彼女に魔法を教えてあげるくらいいじゃないですか」
すると彼女は困ったように俺とその男を交互に見ている。上官殿は眉をしかめた後、「西側に広い場所がある。そこでやれ。当たり前だが、自分も同行させてもらう」とくるりと背中を向けて西側へ歩き出した。
西側か、レアの指示した東側とは反対方向だ。少々面倒くさいな。
上官殿の背中を置きかけてその広い場所へと向かった。