ノルデンヴィズ南部戦線 第十四話
指揮官たちも姿勢を戻し、その場の緊張感がわずかにほぐれたような気がしたが、カルルは再び諮問を始めた。
「さて、イズミ。ブルゼイ・ストリカザを知っている以上、ただ監禁すればいいという状況ではなくなった。私を拉致した件は今後じっくり話を聞かせてもらう。時間はいくらでもある。なぜ堂々とノルデンヴィズの街を歩いていた? 情報収集か?」
「そうです。今現在俺はユニオンを拠点にしています。そこの元首たちに北部辺境軍の今後の動きを調べてこいと言われたので。捕まるのは予想外でしたが、結果的にあなたに接近することができました」
「ほう、現在の後ろ盾はユニオンなのか。では、彼らが先日の独立式典を、掲示板を使っての公開を行ったことは知っているな?」
「式典には参加しませんでしたが、それを掲示板機能に公開する作業に従事していました」
エスパシオの死について聞いてくるつもりだろうか。彼の死とカリストが重体であることは、相手が連盟政府でなくとも、共和国の長官以外への公式発表はしていないのでうっかり言うわけにはいかない。
どう誤魔化すか、そう考えてつばを飲み込んだ。
「そうか」
しかし、カルルは鼻を鳴らして少しばかり口角を上げるだけだった。
「ならばお前を責めてばかりというわけにはいかないな。この大義ある離反へ貢献してくれたのだから」
「どういうことですか?」
「私はあのキューディラジオ放送を聞いて、サント・プラントン近郊への全軍集結がただの実践演習ではないことに気付いたのだ。兵士たちのほとんどは現地に到着してからその全軍集結の事実を伝えられたらしい。
以前よりも離反の計画はあったが、機会がなかった。それに、我々には有利な早雪の年に行うという計画もあった。
そこで少々乱暴にだが、実践演習に託けて離反を起こそうとしていたのだ」
カルルは立ち上がり、背後に飾ってある地図を見上げた。人間の領域を指でなぞる様にした後、ユニオンのあたりに手をついたままこちらへ振り向いた。
「これまでの少ない情報では、ユニオンはただの反乱軍であり、もう間もなく鎮圧されると聞いていた。貴様がモンタンと呼ぶムーバリ上佐が兵器と共にもたらした情報もあったが、それだけでは決め手に欠けていた。
だがそこへきてそのキューディラジオの音声によるアルバトロス・オセアノユニオンの独立式典の一斉放送は我々にいい衝撃を与えてくれた。自分たちが画策していた離反の時期は間違いではなく適切であると。これは好機だと思わないか。
反旗を翻すことに迷いがある少なからず将校たちもいたが、その公開された音声のおかげで彼らも拳を高く振り上げ、猛進せよと進言する者まで現れた。
そして兵の士気どころか、私自身の士気まで高揚させた。ユニオンは独立できたのだ。彼らにできたものが長年の策を講じてきた我々にできないわけがない、と。
にわかに信じがたく、後ろめたさの残る作戦行動のための遅延ではなく、大儀のための遅延となった。
それに原因は分からないが、太陽光が最近は少ない。まるで北部の山間と同じくらいまで減少している。それも我々には有利に働く。私はこの期を逃してはならぬと身震いしたものだ。
もし、動かなければおそらく遅延への責任追及をして当該地域の地方采領弁務官を更迭して中央の人材にすげ替えられ、私は再びパン屋の薪の上で胆を嘗める日々を過ごすことになっただろう。
天の与うるを取らざれば反って其の咎めを受くとはまさにこういうことだ」
言い終わると地図から手を放し、机に両手をついた。
「では、閣下。お尋ねします。先に独立したユニオンとは、今後どう付き合っていくかお考えですか?」
「今回の離反には彼らの勇敢な行動によるところが非常に大きい。我々の掲げる目標の障害にさえならなければ、何かするつもりはない。共和国も同様。彼らに対しても沈黙を貫くつもりだ。
貴様の後ろ盾がユニオンであったとしても、私が貴様を裁く理由は貴様自身にある。残念ながら、現時点で貴様の思惑であるユニオンとの交戦はない」
離反軍とユニオンの交戦が俺の思惑? そのようなつもりは毛頭ないが、とりあえず戦いは避けられそうだ。しかし、懸念が残る。
「その後ろ盾に、もし俺を処罰したことを咎められた場合はどうなさるおつもりですか?」
「それは命乞いに聞こえなくもないが、私の背中に火を放てるほどの貴様がそのような軟弱者ではないだろう。無様にもまだ火種を探しているようだな。
外交の手段は一つではない。いくつもある中のその一つに過ぎない貴様をどうにかしたところで何も起きまい。事実は事実。有りの侭すべて相手に伝える。
貴様がここではただの犯罪者であり、ユニオンとの争いの引き金になることはまずない。諦めろ」
その言い方では俺を帰すつもりはないようだ。カルルは姿勢を変えずに話をつづけた。
「貴様は国のことよりも自らのことを心配したほうがいいぞ。これまでしてきたことを反省でもするか?
エルフと人間の和平を妨害したそうだな。あの剣士風の男がそう言っていた。和平への実現に向けた動きをしていたもう一人の人間を監禁して、怪文書を回し、あちらの高官を一人殺害。やりたい放題していたそうだな」
なるほど、カルルの言葉の節々に覚える違和感の原因はそれか。まるで俺は凶悪な黒幕だ。
どうやらその剣士風の男はでたらめを言いまくっている様子だ。
しかし、そのホラ吹きが誰だかわかるとなると、もはや衝撃もない。嘘つきにだまされている、と顔を真っ赤にして違うと叫ぶ気にもならない。共和国の一件に関して言えば、シバサキの負けなのだから。
「なにせ、エルフを連盟政府内で操るほどだ。そのようなことは絶対にやらないと言い切れまい。どれほど争いを起こしたかったのか、呆れかえるほどだ。
だが、もうそんな時代は終わる。最終目的は知らないが、不要な争いの火種を撒く貴様にも身動きは取らせない」
「モンタン、ムーバリは共和国で俺が何をしていたか、話していましたか?」
「聞いてはいない。共和国に貴様が行っていたとしか話していなかった。彼は共和国のスパイでもあるのだろう。余計なことはあまり話さないのだ」と腕を組むと顎を上げている。
カルルはシバサキの話をすぐに間に受けた。そして、どこの馬の骨とも知れないモンタンをいきなり上佐という、大佐に匹敵する地位を与えた。あまりにも短絡過ぎないだろうか。
確かに、モンタンに関して言えば兵器をもたらしたという実績がある。しかし、剣士風の男ことシバサキの方は別だ。相手を、しかもカルルともあろう者を言いくるめられるほどの言葉の力はないはずだ。
それなのに会って話をしただけで信じている様子がある。怪しい力を持っているのは間違いない。
それが何か関係しているのか、それともカルルがただのせられやすい性格なのか。
「剣士風の男はいつ現れましたか?」
「一昨年の雨期明けだが」
おかしい。その時点で怪文書とカスト・マゼルソンの死について知っているのはなぜだ。選挙の妨害はやはり彼の思惑通りなのか。
ワタベの監禁さえも。カストの殺害については、選挙戦の流れでそうなってしまったわけではないと言うことなのか。許せない。
「そうですか」
力を込めてしまい掌に爪が食い込む。