ノルデンヴィズ南部戦線 第十一話
到着したのは夜だった。
降っていた雪は止み、風が少し出てきたようだ。窓から見えていた基地のテントが揺れている。馬車から降りると、冷たい風に包み込まれた。
何人も載っていて空気も薄く、窮屈な馬車からやっと解放されたことで思いっきりあくびが出てしまい、さらに体を伸ばすことを我慢せずに関節をパキパキ言わせながら伸びをした。
夜も早くないが、前線基地には灯りがともされ人の往来も多くまだ活気があった。もちろん、時間帯的なものもそうだが、前線となると異様な緊張感と疲労感の中で消耗していくものだと思っていた。
活気ではなく、同胞殺しの陰鬱とした目のくまと洗っても落ちない血と汗の匂いにまみれ、皮膚の皺という皺や服の隙間、縫い目の間にさえ容赦なく灰交じりの土が詰まり全身が薄黒く汚れている者ばかりだろうというのは間違っていたようだ。
確かに硝煙の匂いはする。それに軍服も汚れてはいるが、皆一様に生気が減退している様子はない。
だがそれよりも驚いたのは、基地のどこも大砲や銃があふれていることなのだ。すれ違う兵士たちは、それぞれ自分の自治領の軍服を着ている。軍服は各自治領で異なるようだ。
俺を拘束した部隊の灰色の物だけでなく、様々な色や形の軍服を着た者たちとすれ違った。カーキ色、ブルゾン、羽根がついた物、シンプルなものから古風なものまで、その多種多様な軍服の中で唯一共通なのは、連盟政府の国旗のワッペンがはがされていることだ。皆一様にはがすというのは統率が取れているのだろう。
その誰しもが真新しい魔力雷管式銃を持っており、歩く度にちゃきちゃきと同じ音がなることでさらに統一感をより一層強めている。大砲に至っては数もさることながら、筒に丸玉を突っ込んで撃つようなものではなく、駐退機や複座機がついた精密さを上げられたものなのだ。
「キョロキョロするな!」
女性隊長は基地内に夥しい数並べられた武器を見回していると一喝してきた。前も見ればどこにでもあるが、それでもやはり技術の進歩の度合いに目が行ってしまう。
キョロキョロするなと言いつつも、新兵器を山のように目の当たりにして驚き物珍しそうに首を動かしている俺を見て、女性隊長はいい気になったのか、
「夜も更けたが、総統からすぐに連れてこいと指示が出ている。残念だったな。クソまみれの硬い寝床はまだ提供できない」と顔を近づけてにやついている。目の前に迫力一杯に迫られたので、眉をしかめて顔を後ろにのけぞらせてしまった。
眠たいわけではないが、先ほどの大あくびを見られていたようだ。
基地内にさすがにエンジンを搭載した車両はなかった。銃があるのでまさか一緒に流れ込んできているのではと思っていたが、そこには一安心できた。
しかし、どうやってあの大砲を運んでいたのだろうか。疑問になったがすぐに解消した。やたらと馬やロバがたくさんいるのは、きっとそれらを運ぶためだろう。重たく大きいそれを運べるのは、人間よりも力の強い彼らだけだ。首都に近づいたのちに離反するという目的のために遅れていただけではなく、彼らに牽かせて運んでいたせいでの遅れもあるのだろう。
簡易の馬小屋では、重たく冷たい鉄の塊を延々と引き続けるという重労働に疲れはてた何十頭もの馬やロバが乾草を食んでいる。ブラシで手入れをされている尾花栗毛の横で、艶のある青鹿毛がそちらを見ながら鼻を鳴らし、前足で前掻きして何かを催促している。
さらにその横には馬よりも広くスペースが開けられている場所があるが中は空だ。馬よりも大きい何かがいたのだろう。そこにいた大きな何かが暴れでもしたのだろうか、柱の木材がところどころ剥けている。
通路の両側にずらりと並ぶ簡易厩舎と大砲の列の間をまっすぐ進んだ後、大きめのテントに到着した。
前線基地司令部なのか、テントはやや大きめで柱も太く、換気設備も付いているなど他のテントよりも造りはしっかりとしている。エントランスのような小さなテントの奥に大きなものがつながり、女性隊長に連れられてその中へと入った。
内側の幕がめくられるとテントの中が露わになった。魔力灯で煌々と照らし出されたそこは外気を一切持ち込ませず、温かくも寒くもない。
王様の謁見のような形で正面の椅子に腰かけるカルルと対面するのかと思いきや、大きな地図を広げた机が置かれていた。
それを取り囲む様に指揮官のような人が何人かいる。彼らの服装はこれまで見かけてきた数々の軍服と同じ種類な様で、大小さまざまな存在感のあるバッチやワッペンを胸や肩、帽子にキラキラと光らせている。やはり階級が高い者がそろい踏みなのだろう。
入って正面、視線がまず向かう上座あたりのパイプ椅子に偉そうな男が座っていた。
久しぶりに見たその大きな熊のような男は、俺を連行した兵士と同じ色をした軍服を着ていて、他の指揮官とは違いあまり飾り気のないがそれが逆に彼の存在感をさらに強めていた。
他の将校たちとは比較にならないほど異質な威厳を持つその男こそ、カルル・ベスパロワだ。
女性隊長と五人の部下たちは俺の背中をどんと押して前に出すと、横に一列に並び足を肩幅まで開いて寸分の狂いもない同じ動作で敬礼をした。それにカルルが小さく右手を上げると、彼女たちは回れ右をして小走り(またしても同じ動作で)でテントを出て行った。