ノルデンヴィズ南部戦線 第八話
振り返ると同時に、何かが膨らむようなブンと低い音と銃の金具がこすれる音が鳴った。杖と銃を構えられたのだ。
統一された灰色の制服を着て、同じ色の温かそうなウシャンカを耳まで被った人間が五人、取り囲む様に半円形に並んでいた。連携の取れた動き、統一された制服、どう見ても民間人ではない。
しかし、服や帽子の一部は生地が引きちぎられたようになっている。ある者は直してあったり、ほつれたままにしてあったりだ。五人でそれぞれ異なるのはそこぐらいなものだ。
おそらく連盟政府のマークの付いていたところだろう。反旗を翻したかつての集団の証が無残に引きちぎられた跡だけが彼らの個人を主張している。
真ん中の女性は後ろ手に組み、鋭い眼差しでしらしらと光る剣の如く真っすぐこちらを見つめている。その両サイドには男女が杖を構え先端をこちらに向け、さらにそのわきには銃を構えた男女が左足を跪かせ銃口をこちらに向けている。
杖先には黄色と青色の小さな魔法陣、銃の引き金には人差し指、どちらも今にもぶっ放しそうな殺気だ。
銃の存在に一瞬たじろぎそうになったが、もはやどこにあってもおかしくない。刹那に冷静さを取り戻した。
今にも交えてしまいそうだが、俺に魔法を放つ意思はない。向けた杖の先に魔法陣を展開していない様子を見た真ん中の女性に伝わったのか、彼女は一歩前に出ると左手を小さく払った。すると銃を構えていた二人の指が引き金から離れた。魔法陣は相変わらずだ。
指示出しをしているのはこの女性のようだ。軍服にも階級を示すワッペンが周りの者たちより派手で多くついている。魔法使いか錬金術師か、はたまた僧侶か、それは分からないが、“杖持ち”のようだ。右の腰から黒光りする杖がすらりと伸びている。ウシャンカから濃い茶色の弱いパーマ髪が流れ、一部が白くなっているのはストレスのせいだろうか。
「イズミが客としてこの店にいると従業員を名乗る者から通報を受けた。カウンターの向かいにいるのは店員だな? 一見したところ、客の姿が一人しかいないようだが……。まさかお前が“怪賢者”イズミなのか?」
妙な二つ名を付けられてしまったものだ。俺はラ〇プーチンか何かのようだな。杖を向けながら椅子から立ち上がり、彼女の真正面に立ちはだかった。
「いかにも。俺がイズミだが? 怪賢者かどうか、それはあんたで決めてくれ」と睨みつけながら答えると、女性は両目を見開いた後左手で額を擦り、ウシャンカは脱いだ。
「なんだ……。噂とは全然違うではないか。あっているのは黒いピーコートと不精髭だけか。これだから連盟の話はあてにならない……」と前髪を搔き上げてため息をした。
だが気を取り直したように向き直ると、「貴様には総統閣下を陥れようとした罪がある。かつて連盟政府内を徘徊する不逞なエルフたちを操り、閣下を襲わせたらしいな」とウシャンカをかぶり直した。
総統閣下? 誰だ、それは? そのような称号はこの世界に来てこの方聞いたことがない。
先ほどのカトウが『カルル総統』と言っていたことから考えるに、おそらくベスパロワ伯だろう。彼が護送中に難民エルフに襲撃・誘拐されたのは事実だが、それは俺がエルフを操って起こしたことになっているようだ。
あの時のことは思い出したくもない。口にも出したくないので、特に弁明はしないで彼女の言葉を待った。
「総統は直々に処罰を加えたいと申されている。御同行願おう」
「ちがっ! センパイはそんなこと!」
カトウがカウンターに両手を勢いよくつき前に身を乗り出そうとした。すると軍人たちはキッとカトウの方へ武器を構え殺気立った。カトウは、あっ、いえっ、ともごもご動きゆっくり手を上げた。
俺は何か言いたそうに瞳を揺らしているカトウの顔の前に左手を上げて、「なぁ、カトウ、俺のこと庇ってくれるのか? ありがとうな。でも、お前まで危ない思いはしなくていいんだよ。俺が自分で弁明するよ。お前だってわかってんだろ? 何とかして来たから何とかなるって」と制止すると、怪訝な顔をしてえぇと息を漏らしている。
この連中が言っていることは間違っている。だが、これはまぎれもないチャンスだ。
何やら“総統”という新しくそして高い身分を発生させて容易に近づき辛くなったカルルへ無駄な手順を省いてすぐさま接近できるかもしれないのだ。内偵以上の結果を導けた。これはユニオンにいい報告ができそうだ。
「貴様は移動魔法が使えるらしいな。それ故に余裕があるようだな。だが、逃がさないぞ」と言うと軍人たちは俺を押さえ込もうと半円形を少しずつ小さくしてにじり寄ってきた。
いつでも逃げられるさ。今は逃げないだけで。
彼らは何か抵抗されることを想定しているのだろう。だが俺はカルルの前まで案内してもらいたい。左右に目一杯広がったところで俺は全員を見回して、ゆっくりと跪き、そして杖を床に置いた。
「いいだろう。今すぐ俺をカルルさんのもとに連れていけ」